イカとクジラ The squid and the whale

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『イカとクジラ』を観ました。
両親の離婚をきっかけにバラバラになっていく家族を描いた、ブラックユーモアな映画です。

舞台は80年代のブルックリン。
過去の栄光にすがる落ち目作家のお父さんと、新人作家として注目株のお母さん。このお父さんが、とても子供な大人。プライドだけはヒマラヤ級で、負けるのが大嫌い。相手が子供であろうと誰であろうと手加減しないし、一旦怒り始めると手がつけられません。子供の前で、Fuck!言いまくり。
この人、Anger Management が必要なんじゃないだろか。

一方、お母さんも男にだらしない人で、息子のテニスコーチと恋愛関係になったりします。まあ、あんな夫なら、逃げ出したくなる気持ちも分かりますけど。


そんなどうしようもない両親に振り回されるはめになるのが、16歳の長男ウォルト君と12歳の次男フランク君。両親の離婚によって、お父さんとお母さんの間を週に3回ずつ行ったり来たりさせらる生活を余儀なくさせられます。何曜日にどっちの家に泊まるかも、完全に大人の都合で、有無を言わせず決まっちゃうのです。

次男のフランク君がママに会いたくて、パパの日なのにこっそりママ宅(元々自分が住んでた家ですけど)に忍び込みシーンがあるんですけど、それを発見したママは喜ぶどころか、「今夜はパパの日なんだから、だめよ」と明らかに迷惑そう。

すると、そこに2階からフランク君のテニスコーチが乱れた姿で降りてきて、フランク君は、そういうことかと悟るのです。


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長男のウォルト君はと言うと、浮気ばかり繰り返してるママに反発していて、インテリなパパサイドについています。彼は父親と元々が似てるのか、それとも父親を尊敬してるからなのか、他人を上から目線で見下してるところがあります。
周囲から賞賛を浴びるためならズルすることも厭わない。


図書館の本棚や女子生徒のロッカーに自分の精子を塗りつけたり飲酒するようになるフランク君と、ピンクフロイドの歌を自作曲として全校生徒の前で披露してみせるウォルト君。


正直言って、この映画客観的に見ることができませんでした。ウチもこんな感じの家庭だったし、両親が離婚したのも私と妹がちょうど思春期の頃だったから、モロにオーバーラップしちゃって。私も妹も、映画みたいにこんなにあからさまに壊れたりはしなかったけど、やっぱり鬱屈してました。

「こんな家庭に生まれついた私は、最初から運がないから仕方ない」
「親だって所詮人間。勝手にすれば」。
「こんなことよくあること。どうってことない。人生なんてこんなもん」

これが私が小学生の時の人生観。
早くも人生に見切りつけちゃってるなんて、自分ながらにかわいそうな子供です。大人のこと「けっ」って思ってたらから、可愛げもなかったと思います。


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『イカとクジラ』のラストでウォルト君が、「親も所詮は人間なんだ」って悟るわけなんだけど、それって徐々に段階を踏んで、自分も年齢を重ねて、自然にそう思えるようになるのと、状況的にそう思わざるを得ないのとでは、心理的プレッシャーが全然違うと思うんです。

なんだかんだ言って、やっぱり子供は親には親でいてもらいたいし、親からの愛情を当たり前のように感じていたいんです。それって人間の本能だと思います。
それが与えてもらえないと、欠けた部分を埋めようとして奇異な行動をとったり、もしくは向き合うのが怖くて投げやりな態度になったりするわけです。

家庭環境によってその人の一生が左右されるとは思いませんし、それは子供が元々持ってる素質にもよると思います。だけど、人格形成に与える影響は大きいです。そして、それはその子の人生に一生ついて回ります。
親になる人にはちゃんとそこんとこ考えて欲しいです。
自分のことが一番大事な間は、子供作っちゃダメ。


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こういう映画を見るとつい自分の過去とかぶっちゃうんですが、映画としてはなかなかイイ作品でした。特にフランク君役のオーウェイン・クラインが光ってた!フランク君が吐くきったない言葉がウケル!


監督のノア・バームバックの両親も彼が思春期の頃に離婚していて、その経験を踏まえてこの映画を製作したそうです。一つ一つのエピソードにリアルな感情が込められているのは、そういうわけだったんですね~。
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by myums | 2007-07-08 17:22 | 映画・海外ドラマ あ行  

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