英語のお勉強におすすめ!

Boo、日本へ出張中。
2週間も。
寂しい・・・。

そんなときに限って、雨、雨、雨・・・。
これからしばらくずーっと雨なんだって。

ま、雨で凹んでたらバンクーバーの冬は越せません。
幸い、ミッシャンもバスライドを楽しんでくれてるし、親子2人でバスに揺られてどこまでも~。

ところで、最近、英語の勉強に良い動画を発見したので、シェア。

『バイリンガール英会話』


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アメリカ育ちのチカちゃんによる、英語レッスン。
日常会話で使いやすいフレーズや、日米文化比較、日本人が苦手とする発音のレッスンなどなど、生活密着型の英会話が学べて、すごーく面白い&役に立つ!

私個人的には、この↓真実に驚愕。


「Girlの発音は、ガールじゃなくてグロ」


えええええ!!
知らんかった・・・。

言われてしっかり聞いてみると、確かに、グロ。
チカちゃん、すげー。

それ以来、「グログログロ」とつぶやく日々。
これでEarlも発音できるようになるかな。

BooファミリーにEarlという重要人物がいるのです。
その名をまったく発音できない私・・・。

練習の成果を確かめるため、ミッシャンに、「マミーなんて言ったか分かる?グロ(Girl)」と試してみたところ、「Grow?おっきくなるの?」と言われてしまった。

道のりは険しい。

その動画はこれ↓
『バイリンガール英会話【#225】カタカナ英語は出だしがダメ!Girl 発音☆!』

正直なところ、英語の発音はそれほど気にしなくても良い要素です。
特に日本語にはない発音だらけなので、習得しようってのがそもそも無理なんです。
だけどさ、英語圏に住んでて、カナダ人の旦那いて、その家族とは英語なわけだから、ちょっとでも円滑にコミュニケーションとりたいんですよ。

そして、何より、英語上手になりたい!!

向上心の塊な私。

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# by myums | 2015-02-06 05:31 | 国際結婚とカナダ  

ミッシャン4歳になり、結婚10年目に突入

めでたくミッシャンが4歳になりました。
いまだ怒りっぽさはあるものの、賢く元気に面白く、自慢の娘に育っております。

何より、ママやパパに思いっきり甘えることに抵抗がないところが、私はとっても嬉しい。
甘えたり我がまま言ったりできるのは、愛されている自信(自己愛)が根底にあるからこそ。

そんな話をBooにしたところ、

「Myumsはよくそういう話をするけど、正直よく分からないんだよね。僕は愛されてるかどうかって迷ったことないからさ」

と言われました。

「それは、Booの両親が子供に愛情をタップリ注いでいたからでしょ」

「うん、そうだね。だから、うちらも、子供との時間をたくさん作って、くっついてれば、大丈夫だよ!No Worries!」

そうかも。
私は、ミッシャンに愛情がちゃんと伝わっているか、満たされているかを心配しすぎてるのかもしれない。
自分が両親からもらえなかったから、上手に伝える術がわからなくて、ついついみっしゃんの顔色を伺ってしまう。

本当は、「だいすき、ぎゅっぎゅ」って毎日してれば、それで愛情は伝わるのかも。
だって、こんなに愛してるんだもん。

シンプルでいいんだね。
これからどんどん複雑な悩みが生まれてくるんだから、今のうちにシンプルさを楽しんでおこう。
そして、これからも、シンプルに愛していこう。

Booの言葉のおかげで、心が軽くなりました。
ありがとう。
結婚10年目を迎えた今年。
ケンカしつつも、こうして支えあっていきたいです。
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# by myums | 2015-01-23 06:03 | 国際結婚とカナダ  

薬の考え方 in Canada

風邪で、医者にかかった場合。

日本なら、診察の後、解熱剤、咳、鼻水止め、下痢してれば下痢止め、等々のお薬をもらえます。シンガポールでも、お薬を出してくれます。

バンクーバーでは、「風邪ですね、よく寝てください。何日かしても良くならない場合、また来てください」で、終了。

「でも、先生、鼻水が辛くて眠れません」と訴えたら、おすすめの市販薬を教えてくれるか、「薬局にいる薬剤師に相談して、症状に合った薬を飲んでください」と言われて、終了です。

なんの薬もだしてくれない。
なんとなく物足りない。
こんなんだったら病院行かないで寝てたら良かった・・・。

ミッシャンの診察でも同じです。
むしろ、2歳以下の子供には薬を与えないようにと、ドクターにアドバイスされます。
薬局でも2歳以下の乳幼児に飲ませるお薬は扱っておらず、あるのはハーブだけ。

日本やシンガポールでは、こちらがリクエストせずとも、当たり前のようについてきたお薬。
なぜ、カナダでは薬をだしてくれないのか。
調べてみたところ、まず、薬で風邪が治るという考えが根本的に間違ってました。

薬は症状を緩和してくれるだけで、風邪ウィルスを殺したり戦ったりしてくれるわけじゃない。
ウイルスを退治できるのは、人間に備わった免疫力だけ。
だから、風邪ウイルスを殺すには、備わった免疫力をフル活動させてあげてることが大事。
それには、無駄なエネルギーを使わないことが一番。
つまり、寝ること。

薬で症状が軽くなると、治ってきたぞー、もう大丈夫かもーと油断して、動いちゃいますよね。
すると余計なエネルギー放出して免疫力も低下、結果、風邪が長引いたり、風邪にかかりやすい体になったりするわけです。

カナダでは(たぶん欧米全般)、風邪や下痢程度なら病院に行かず、民間療法と自然治癒力でもって治すことが一般的です。それが西洋医学なのかな?


私も、滅多なことで病院には行かないし、ミーシャも39度までの発熱ならセルフケアで済ませます。
発熱は人間に備わった抵抗反応、つまり自然治癒力の1つです。
発熱することで、体内のウイルスと戦っているのです。
それを薬で無理やり下げてしまうと、抵抗力を低下させてしまいます。

下痢、嘔吐のときも、ぜんぶ出てしまうまでは、大匙一杯の水分を30分ごとに与えるのみ。
下痢嘔吐が収まった後に、大体発熱が始まるので、そしたらイオン水などで水分を与えつつ、寝かします。

日本で下痢嘔吐したときは、その翌日に念のため医者に連れて行きました。
「もう微熱になってるので、うどんやお粥なんかを少しづつ与えても大丈夫」という診断で、整腸剤だけの処方でした。


もし、これが嘔吐下痢の絶頂期だったら、下痢止めとか出されちゃうのかなあ。
下痢のときに下痢を止めたら、ウイルスが体内にとどまっちゃうよね。
真っ最中には連れていかなったので分かりませんが、患者が大人だったら色んな薬出されそうです。

カナダでも一度下痢をしました。
そのときは、なんと、ジンジャーエールを飲ませました。
もんのすごくビックリ&抵抗感ありありだったのですが、こちらでは一般的な民間療法のよう。しかも、効果ありだったので、目からうろこでした。
ジンジャーエールだとミッシャンも喜んで飲んでくれるし、良かったです。


個人的には、お薬天国の日本やシンガポールより、カナダの医学のほうが自分の考えに合っています。特に小さな子供に薬を与えることに抵抗が強いので。

カナダに来てから、頭痛や風邪で薬を飲まずに済むように、日々、漢方やハーブを飲んで、免疫力アップを目指してます。
とは言え、どうしても辛くて眠れないときは、市販のお薬も飲みますけどね。

強い体になるぞー!
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# by myums | 2015-01-17 12:44 | 国際結婚とカナダ  

ゴミ問題

シンガポールのゴミ事情については、「マジックボックス」を以前にご紹介しましたが、では、バンクーバーのゴミ事情はどうでしょう。

カナダと言えば、エコ意識の高い国民が美しい自然との共存を図る国。

というイメージ。

が、実際は、そうでもない。

10数年前のバンクーバー。
私を驚愕させたのは、道行く人々のポイ捨て。
飲み終わった缶やビン、包装紙、タバコの吸殻などなど、その辺にポイポイ捨てちゃうんです。
地球汚してますけど、罪悪感ないんですか?!
町中至るところに、でっかいゴミ箱あるんですけど!
ちょっとの距離でもゴミを持ち歩きたくないんですかね?!

当時も、リサイクルゴミの分別はありましたが、Booのパパやママは面倒くさがって、可燃も不燃もリサイクルゴミも一緒くたにしてました。
生ゴミも一緒でしたね。
しかも、食べ残しの量がハンパない。
貧乏出身の私は、驚きを通り越して怒りを覚えるほどでした。
食える分だけ作れっちゅう話!!

そして、10年の月日を経て戻ってきた今、リサイクルゴミとコンポストゴミ(生ゴミや草木等、自然に帰るゴミ)の分別回収が進み、人々の意識もちょぴっとは変わったように思えます。

それでも、カナダのゴミ排出量は、先進国の中で第1位!
二酸化炭素排出量も年々増加しています。
これは、首相ハーパーさんが、二酸化炭素排出量と地球温暖化の関係性を否定していて、CO2削減の政策に力をまったく入れていない(っつか増えることに力いれちゃってる)ことが大きく関係しています。

ゴミ問題については、国民の意識の低さが問題!
Green Binと呼ばれる、コンポスト用のゴミ箱すら入手しない家庭もあります。
無料なのに。
Booママ&パパも、持ってません。

なぜ、分別しないのか。
なぜ、ゴミを減らそうとしないのか。

理由その1
国土がでかいため、埋立地がなくなるという危機感が薄い。

理由その2
面倒くさい

分別するのが、もんのすごーーーーーーーーーーーーく面倒くさいのです。
何でもかんでもポイポイ捨ててた期間が長いので、今更、分別なんてしてらんないのです。


理由その3
ゴミがどのように土壌に影響し、環境汚染につながるのか、知らない。
または関心がない。

無知な人、多いです。
森林伐採とかパイプラインの問題とか、目に見えて分かりやすい環境問題には人々も関心がありますし、NPO団体も多く活発に活動しています。
でも、ゴミ問題、空気汚染などの、結果が目に見えにくい問題についての意識は、めっちゃ低い。

特に飽食の時代に青春ささげちゃった年代は、その堕落した生活習慣からなかなか抜け出せません。日本でも、いまだにバブル引きずっちゃってる人いますよね。
ただ、バブルの場合は、不景気という現実によって継続不可能ですが、ゴミ問題は、興味がなければ見ない聞かないことができちゃう。

私たちより下の世代(日本で言うところのバブル未経験者)の意識は大分変わってきていると感じますが、もう少し啓蒙が必要だと思います。

カナダは、色んな人種が混ざり合って形成されてる国なので、エコ意識も人種や人によってかなり格差があって、意識を変えていくのに時間がかかるのは仕方ないでしょう。
でもさー、せめてゴミはゴミ箱に捨てようよ。
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# by myums | 2015-01-14 13:04 | 国際結婚とカナダ  

子供の日本語教育をどうするか

2015年、明けましておめでとうございます。
今年もぼちぼち更新ですが、宜しくお願いいたします。

海外で子育中の日本人ママたちにとって、子供の日本語教育をどうするかというのは、常にホットなトピック。
私もミッシャンに日本語を頑張ってもらって、読み書き、敬語もビジネスレベルまで到達させたい!
そのために、日本語プリスクールに入れて、卒業後は日本語補習校で週末も勉強させて、ママとは日本語オンリー、日本の番組を見せて、日本語の本を読ませるのだ!!
できれば毎年日本の学校に短期留学させたい!!

と、燃えておりました。

が、早くも挫折。

というか、そこまでに日本語に固執する必要性があるのだろうか。
何か明確な目的があるわけでもなく、単に自分が日本人だから、我が子にも日本寄りになってもらいたいという親のエゴで、日本語を強制するのは無意味じゃなかろうか。

日本語は日本でしか通用しないし。
仮にビジネスレベルまで到達したとしても、汎用性低い言語です。

それに、言語を学ぶということは、その国の文化を学び理解することが必要不可欠です。
日本語脳を作らない限り、本当の意味での習得は難しい。

カナダにいて日本語脳を作るのは、はっきり言って、不可能。

そして、私自身が日本に対してそれほど魅力を感じていない。
日本生まれの日本育ち、どっからどう見ても立派な日本人ですし、日本は故郷ですから大好きです。
だけど、日本にいるととっても窮屈に感じる。
違和感がある。
たぶん、私は「個」が、「和」より突出してて、協調性を強要されるのがとっても苦痛。
気配りとか、察するとかも、非常に苦手。
日本の社会にフィットしてないです。

日本のドラマや映画も観ないし、邦楽も聞きません。

そんな私を母に持ったミッシャンが、日本文化大好き、日本語大好き、となるとは思えず。
それなのに日本語の勉強だけはやれってのは、一方的ですよね。

でも、複数言語を話すことは脳を活発化させるので、日常会話くらいはできて欲しいな~。
じゃないと、私サイドの家族と会話できなくなっちゃうし!
母と子のコミュニケーションも危機になるし!

無理のない範囲で、日本語を話すように働きかけつつ、日常会話程度の日本語能力をキープしてもらう。
その位で良いかなぁ、という気持ちに変わってきました。

将来、本人が日本に興味を持つようであれば、そこからは自分の努力で言語習得でも文化理解でも深めてもらいましょう。

とか言いつつ、3言語4言語話せるようになって欲しいな~、なんて期待しちゃう。
親ってものは欲張りですねー。
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# by myums | 2015-01-09 07:49 | 国際結婚とカナダ  

ミッシャンの癇癪

癇癪との闘い。

ミッシャンの育児はその一言に尽きます。
新生児期から本当によく泣く赤ちゃんで、その泣き方も尋常じゃありませんでした。
月齢とともに悪化する癇癪に手を焼き、みっしゃんを張り倒し、放り投げ、殺してしまいたくなったこともあります。

そして、現在、みっしゃん3歳8ヶ月。
あの癇癪はどこへやら。
今ではすっかり落ち着き、穏やかなミッシャンへと成長したのです!

ということはなく、残念ながら、非常に怒りっぽい幼児です。

ギャーギャーとひたすら泣き喚くことはなくなったのですが、小さなことで怒ってます。
見ていると、お友達に自分の提案を断られたり、否定されたりしたときに、ムカっときてるみたいです。
怒ってすねて、その場から走り去るくらいならいいのですが、時々、歯を食いしばって唸ってることがあって、そういうのを見ると、癇癪の名残を感じます。

癇癪の激しい子ってのは、喜怒哀楽がはっきりしているんでしょうね。
喜びも激しく表現しますが、怒りも激しく表現・・・。

それでも、あの激しい癇癪を思えば、ものすごい成長です。

自分の意見を通すためなら1時間でも泣き喚いていたのが嘘のよう。
ちょっとくらい怒りっぽいのなんて、可愛いもんです。
壁にぶつかって、「壁さん、ごめんねして!!」と壁を怒鳴りつけてる姿が微笑ましいくらいです。

これまで、ミーシャの癇癪について、「親の愛情不足なんじゃ」と言われたこともありました。
これ、めっちゃ凹みます。
子供の癇癪で悩んでいるお母さん、お父さん、私は声を大にして言います。

癇癪持ちは親のせいじゃない。
子供の生まれ持った性質です。

そして、癇癪を直す解決法は、なし!

子ども自身が、自分の癇癪との付き合いを覚えていくしかない。
精神的な成長とともに、少しづつ怒りを我慢し、コントロールできるようになってきます。
振り上げたこぶしを、「フヌーーーっ!!」という鼻息とともに降り下げれるようになるのです。


私も最初はミッシャンの癇癪には原因があるのではないかと、色々調べ、アプローチを試みていました。
でも、途中で気づいたんです。というか、あきらめました。
癇癪は治るものではない。
自我が強く、怒りの感情が突出してる子は、ストレスもたまりやすい。
癇癪を起こし、泣き喚くことで、ストレスを発散しているのです。

親にできることは、それを受け止めてあげること。
なだめて、すかして、時には怒鳴って、どうしようもないときは、泣かしておく。
そして、癇癪が収まったら抱っこしてあげる。
一緒に泣いちゃったことも何度もあります。

理性が多少働くようになった今は、ミッシャン噴火時には、抱きしめながら、「そうか、そうか。~~だったから嫌だったんだね。でも怒んなくていいんだよ」と話してきかせるようにしてます。

自分の怒りを我慢できたときは、たくさんたくさん褒めてあげます。

抱きしめて、ミッシャンの気持ちを代弁してあげると、「ふえー」っと可愛く泣くんです。
優しくされると泣いちゃうのは大人も子供も一緒なんですね~。

今後、ミッシャンがどのように癇癪と付き合っていくのか、その成長を見守り、サポートするのが私の役目。あとは、愛情いっぱい注ぐ。
健やかなる時も病めるときも、愛することを誓います!
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# by myums | 2014-10-29 05:09 | 国際結婚とカナダ  

カナダで運転免許

コロっと忘れてましたが、カナダで車の運転練習中です。

カナダには教習所というものがありません。
筆記試験に受かったら、その場で仮免発行、その日から路上練習開始できます。

仮免期間は1年間で、その間は、25歳以上で5年以上運転経験のある免許保持者の同乗が義務付けられています。まあ、早い話が、運転教えてくれる人を隣に乗っけて、ガンガン練習してね、ということ。

私は、プライベートの教習官とBooに教えてもらってます。
ちなみに、教習官は日本人の女性。
1年後にやってくる路上試験は英語なので、練習も英語で慣れておいたほうが良いかな、なんて思ったりもしたのですが、日本人で正解

路上、めっちゃくちゃ怖いっ!!!

ずーーーっとテンパってます。
交差点なんて、頭の中だけじゃなくて、髪の毛まで真っ白になりそうなくらい、パニック。

こんな状態で英語なんて、ムリっす。

交差点も恐ろしいし、駐車も1人でできないし、スピード怖いし。

ミッシャンの学校や習い事の送り迎えのために必要不可欠な車なんだけど、ブイブイ言わせられる日がくるのだろうか。っつかその前に、試験に合格できるのかなあ。

まあ、試験はまだ半年以上も先なんだけどね。
練習がんばるしかない・・・。
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# by myums | 2014-10-21 07:09 | 国際結婚とカナダ  

虐待について考える

前回の投稿から随分時間がたってしまいました。
もうお分かりかと思いますが、「ある家庭の場合」に出てくる長女は、私です。
幼少時代の生活を少しでも客観的に書けたらと思ったのですが、読み返してみると、客観からは程遠い文章になってますね。
今回は、背伸びをするのをやめて、自分自身の言葉で書いてみたいと思います。

虐待とはなんでしょう。

法的定義では4つに分類されます。

1.暴力による身体的虐待
2.十分な衣食住を与えない等のネグレクト
3.性的虐待
4.暴言や自尊心を踏みにじる心理的虐待

私や妹が受けたのは、4番目にある心理的虐待にあたります。
実はつい最近まで、自分が虐待されていたという事実を受け入れることが恥ずかしいと思っていました。

だって、虐待ですよ、虐待。
そんな大げさな。
ちょっと厳しい家庭で育っただけで、似たり寄ったりな家庭は他にもあるし、厳しいしつけで育ったすべての子供がトラウマになるわけじゃない。

自分の弱さは自分の問題。虐待を言い訳に使うなんて、恥ずかしいぞ、自分。
仮にあれを虐待だとしてみたところで、何が変わる?
ダメな自分に変わりはない。

自分は自分で変えるしかない。
それができないから、私はダメなんだ。
あー、ダメだ。ダメなんだ。


てな具合に、同じところをグルグルグルグル回り続けて、一歩も前に進めないヘタレ自分に嫌気が差すという日々。
嫌いな自分を否定するために、強がって、外面はあくまで明るく。でもちょっとは弱さを知ってもらいたい。可哀想と同情してもらいたい気持ちもあったり。

まあ、なんとも面倒くさい女です。

私のこういう面倒な性格は、生まれ持っての性質でしょう。内気で人見知りで、そのくせプライド高い。けどね、人間ですから、良いところもいっぱいあるはずなんです。その長所がどこなのか、自分でまったく分からない。丸っきりの欠点人間にしか思えない。

自己愛の欠落ですね。
自分に自信をもてない。生きてても良いという価値が自分に感じられない。


虐待を受けて育った人の多くに見られる現象に、自己愛や自尊心の欠落があります。
常に、なんとなーく自分に自信がない。いっくら頑張っても自分を褒めるということができない。
たとえば、テストで100点とったとしますね。
それでも本人は、「今日はたまたま良かっただけで、次はきっと悪い点数になるんだ」と、ものすごーく暗い考え方をしてしまう。

これは生まれ持っての性質ではありません。
ささいなことで激昂する親の顔色を伺っているうちに、良いことのあとには何倍もの悪いことが起きるという仕組みを無意識に植えつけられているのです。

この思考が癖になってしまうと、大人になってもネガティブスパイラルな思考の渦に陥ります。

Booにプロポーズされたときも、嬉しさよりも不安でいっぱいになりました。

「私がこんなに幸せな気持ちになってしまって良いのだろうか。私なんかにそんな権利があるのだろうか。私のように弱くてズルクて何もできない人間が、これ以上幸せになったら罰があたる。Booにはもっとキレイで賢くて強い女性がいるはずだ。
あー、でもBooのことは大好きだから、一緒にいたい。
どうしよう、決められない。
ダメだ。やっぱり私はダメだ」

どうでしょう、この暗さ。
しかも、これが、素です。
なんのドラマティックさも含まずに、素直にこうなっちゃうんです。

この当時、28歳あたりでした。
アラサーにしてこの未熟な思考。
自分でそれが分かっていただけに、なおさら自分が嫌でしたね。

この頃も、鬼婆い追いかけられる夢は時折見ていました。

私がトラウマから抜け出せたかな?という感触をもてたのは、つい最近の話です。
物心ついた頃から30年以上かかりました。

今では鬼婆の夢も見ません。
自分に迷うことも、他人の顔色を伺うことも、少しはありますが、ほとんどありません。
ネガティブ思考に陥りそうになる自分をコントロールすることもできるようになりました。

私って欠点も多いけど、こんな良いところもあるじゃない、と思えるようになったのが一番の成果です。

死んだ母に対し、「生んでくれてありがとう」とは思いません。でも恨んではいません。私と母は、相性が悪かったんだなという諦めがあるだけです。

父は存命で、過去を償うかのように私に良くしてくれます。昔のことを謝ってもくれます。父は、母が私たち姉妹に吹き込んでいたような「どうしようもない男」ではなく、「不器用ではあるけれど優しい人」でした。

親も人間です。感情があります。
そして、親子といえども相性があります。

しかし、子供が子供である間は、親は子に愛情を注ぐのが義務です。
子供には愛情を受ける権利があり、自分を愛する価値があるのです。
子供はあなたのサンドバッグではありません。感情の受け皿でもありません。

それを肝に銘じて、子供を作り、育ててください。

私も親になりました。
ミッシャンはとても燗の強い、ヒステリックで頑固な(まるで私の母みたい)、娘です。

私も、叩いてしまったり、怒鳴ってひどいことを言ってしまったり、理想のママ像からは程遠いところにいるのが現状です。

でも、私は真剣に育児に取り組んでいます。
どうしたら怒らずにミッシャンの気持ちを和らげることができるのか。
どうしたらミッシャンを傷つけずにいられるのか。
常に悩み、考え、新しいアプローチを試みています。

うまくいく日もあれば、ダメな日もある。
泣くことも多い。
もう無理ーーーー!!!と思う日も、正直たくさんある。

私とミッシャンは相性悪いのかなあと悩んだりもします。

それでも、親子。
ミッシャンに私のような人生は歩ませたくない、絶対に。
私がミッシャンの夢に鬼婆となって現れるのだけは、防がなければ。
虐待の連鎖は、私が絶つ。

という気持ちを基本に、無理しすぎず、周囲の助けをかりながら、子育てしています。


なんだか取り留めのない文章になってしまいましたが、これが私の虐待体験です。
もっともっと色んな感情や、出来事があったのですが、とても書ききれないのでやめておきます。
虐待って、報道によくある残虐なものだけじゃなく、世間に知られず家庭内でひっそりと行われているもののが実は大半で、当の親は虐待の意識すらないんです。

そういう虐待を受けている子供たちは、施設に保護されることもなく、ひたすら耐える日々。大人になってもトラウマに悩むこととなる。

我が子にトラウマ人生を歩ませないために、親は虐待というものを少しでも知ることが大切だと思います。日本における虐待の実態、どのような法整備がされ、どのような対策がとられているのか、虐待をしてしまう側の心理や状況、私たちにできること。
メディアで報道される残虐非道な事件ばかりが虐待ではないことを知るべきです。そして、鬼のように思える親に対するケアこそが、虐待防止に繋がることも知ってください。


長く拙い文章をここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
虐待について書くには、正直時期尚早だったかもしれませんが、今回は、チャレンジした自分を褒めてあげたいと思います。
そして、1人でも多くの方が児童虐待問題に興味を持ってくれたら、嬉しいです。
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# by myums | 2014-07-19 11:11 | 国際結婚とカナダ  

虐待を考える 虐待が残すもの

虐待が残す傷、その1

虐待されている子供に、「虐待」という認識はありません。
体罰を受けること、親から認められないことが、普通なのです。

前述の長女の場合も、体罰は正しいという間違った大義名分の下、ストレス解消の手段として次女を虐待していました。

そして、どんなに辛くて苦しくても、その気持ちを告白することはできません。
なぜなら、それが「普通」であるから。
長女は、両親のケンカや体罰は、どこの家庭にもある普通のできごとと信じていました。「つらくてもいやでも、みんなたえてるんだ。子供ってそういうものなんだ」

大人になる過程で、「育った環境が普通でなかった」と気づいていくものですが、だから、どうした、もはやどうにもできません。

せいぜい、可哀想だった自分に哀れみの涙をながしてやることくらいです。

やがて結婚し子供がうまれ、親となったとしても、はて、どうやって普通の家庭を築けばよいのか、まったくもって分かりません。

そうして、育児に行き詰る。
子供を叩きたい衝動に駆られる。必死に抑える。ストレスがたまり。ある日、叩いてしまう。すっと気持ちが治まる。叩くことが日常化する。

虐待が虐待を呼ぶ典型パターンですね。


虐待が残す傷 その2

日常的に体罰を受けていると、歪みます。
泣いて謝りながら、親を憎みます。
面従腹背し、ばれなければ良いというずるさが育ちます。

その代わり、自尊心という花は枯れます。
自尊心は人間に生まれつき備わっているものなので、花は枯れても根は残るのです。
残った根っこは開花を許されることなく、行き場を失い、心の中で腐敗し、精神を歪ませます。

長女の場合、親に認めてもらうことなかった自尊心を、「欠点」として処理しました。
本当の私は賢くて、物事を深く見つめている。
そう思う自分を、「図々しくて、うぬぼれている」と否定してきました。

徹底した自己否定を繰り返すうち、長女は無気力になりました。
努力しない人生を選択することで、辛い現実から目を背ける。
頑張らなければ結果に傷つくこともない。
逃げ場のない長女の、自己防衛だったのでしょう。

元来、子供はこんな小難しいことを考える必要はないのです。
子供が幼い脳みそを毎日フル回転させ、「自分に価値がない」という答えにたどり着き、納得する。

そんな状況にわが子を追い込んでいることに、気づかない親。

これは親の怠慢です。
精神的虐待です。

子供は口を閉ざせば閉ざすほど、心の中で絶叫しています。「気づいて」、と。

夜の洗面所でかみそりの刃を手首にあててみたり、ベランダから飛び降りてみようかと考えてみたり、できもしない自殺の真似事をしていた長女も、本心は、誰かに気づいてもらいたかった、可哀想にと慰めてもらいたかった。


幼少時代に受けた虐待は、トラウマとなり、大人になってもなかなか抜け出すことができなくなります。そうすると、精神的未熟な大人ができあがってしまうのです。
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# by myums | 2014-04-18 05:31 | 国際結婚とカナダ  

虐待について考える ある家庭の場合

夫婦喧嘩が日常である家庭がありました。
その家庭は父、母、長女、次女の4人家族で、3DKの狭い都営住宅に住んでいました。

夫婦喧嘩が始まると、決まって長女は涙を流しながら妹の手を引いて、公園に非難していました。
ある日、エスカレートした母の暴言にぶち切れた父が包丁を持ち出しました。
「110番して!お母さん、殺されちゃう!!早く早く!!」
母は長女に叫びました。
あわてて受話器を取り上げる長女。
「100番なんかするな!そんなものいらん!!」
叫び返す父。

母と父の間に挟まれた長女は、受話器を握り締めたまま、どうしたらよいか分からず、ただ静かに涙をこぼしていました。

長女は母を恐れていました。
母は感情の起伏が激しく、また夫婦関係悪化のストレスも手伝って、長女を日常的に怒鳴りつけ、叩いていました。

狭い家の中を泣号泣し逃げ惑う長女を、母は捕まえ、叩きました。長女を叩くことが母の務めであるかのようでした。
母の気の強さに適うものはおらず、父も親戚も、叩かれ怒鳴られる長女を「可哀想」と思いつつも助けてあげることができませんでした。

物心ついたときから、長女は、同じ悪夢を繰り返しみていました。
林の中を鬼婆に追いかけられる夢です。
近所の公園まで必死に逃げて、ほっとした瞬間目の前にあの鬼婆が突然現れるのです。
その顔は、怒りに燃えた母の顔でした。

心臓をバクバク言わせながら、毛布を頭まで引き上げました。
毛布の臭いをかいでいると安心するのでした。

長女は次女をよく叩きました。
「謝ってても顔が笑ってる。謝り方がなってない」
母が妹をしつけないから、私が代わりしつけるんだ。


早晩、夫婦は離婚しましたが、娘は2人とも父と生活することになりました。
娘たちの希望は、もとより聞かれることすらありませんでした。
母は若い男性と再婚し、姉妹は週末を母のアパートで過ごしていました。

離れて暮らすことで長女が母に叩かれることも減ったある日、母は長女に言いました。
「あなたも口で言えば理解できる年になったから、お母さんはもう叩くのをやめるね」
長女は「うん、わかった。ありがとう」と言いましたが、腹の中は煮えくり返っていました。

あなたは今まで私にしてきた仕打ちを、しつけと称して謝らないつもりなのね?!
ずるい。

約束どおり、母は長女を叩くことをやめました。
正確には、叩く体力も残されていなかったのです。

「あたなのお父さんは最低」
絶対安静の布団の中で、母は父を罵りました。
「お父さんのことを悪く言わないで。私にとってはお父さんはたった1人のお父さんなんだから!」

長女は父のことを、気弱で甲斐性のないダメ男だと思っていましたが、弱くなった母についに反旗を翻すために、本で読んだせりふを口にしてみたのです。
口にした瞬間、長女は生まれて初めて母に反覆した自分に、驚いていました。

母は何も言いませんでした。

長女13歳、次女10歳で母は死にました。

長女が死を意識し始めたのはこの頃でした。

私に楽しいことがやってこないのは、私の人生に価値がないから。
そういう運命なんだ。

日々思考をめぐらせ、辿りついた結果に愕然とすると同時にすっと胸の閊えが取れたように感じました。

ああ、そうか。
なら、死んだほうがいいか。

自殺を試みましたが、怖くてできませんでした。

自殺すらできない自分の意気地のなさが情けなく、自分の弱さをなじりました。

死ねないなら、死んだように生きるしかない。
目を閉じ、じっと耐え、この人生が終わるのを待とう。

それが長女の辿りついた答えでした。
長女は努力をせず、ただダラダラと、楽な道を選びながら、死に向かって日々を送ることにしたのです。

あの悪夢は、まだ続いていました。

夢の中だけではなく、実際の生活も悪夢でした。
母の死によって、叩く人はいなくなりましたが、今度は父が借金をこさえて、電気もガスも水道もとまり、極貧生活が始まりました。

姉妹はバイト先から余った食料を持ち帰ったり、時には友人にお米を分けてもらったりしながら生きていました。

長女は、ひたすら目を閉じ、楽な道をダラダラと歩き続け、そんな自分を嫌悪しながら、いつしか大人となっていました。

父が破産宣告をし、借金取りに追われることもなくなり、悲惨な昼ドラ家庭は終焉を迎えました。

残されたものは何でしょう。



 
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# by myums | 2014-04-11 06:05 | 国際結婚とカナダ