カナダで運転免許

コロっと忘れてましたが、カナダで車の運転練習中です。

カナダには教習所というものがありません。
筆記試験に受かったら、その場で仮免発行、その日から路上練習開始できます。

仮免期間は1年間で、その間は、25歳以上で5年以上運転経験のある免許保持者の同乗が義務付けられています。まあ、早い話が、運転教えてくれる人を隣に乗っけて、ガンガン練習してね、ということ。

私は、プライベートの教習官とBooに教えてもらってます。
ちなみに、教習官は日本人の女性。
1年後にやってくる路上試験は英語なので、練習も英語で慣れておいたほうが良いかな、なんて思ったりもしたのですが、日本人で正解

路上、めっちゃくちゃ怖いっ!!!

ずーーーっとテンパってます。
交差点なんて、頭の中だけじゃなくて、髪の毛まで真っ白になりそうなくらい、パニック。

こんな状態で英語なんて、ムリっす。

交差点も恐ろしいし、駐車も1人でできないし、スピード怖いし。

ミッシャンの学校や習い事の送り迎えのために必要不可欠な車なんだけど、ブイブイ言わせられる日がくるのだろうか。っつかその前に、試験に合格できるのかなあ。

まあ、試験はまだ半年以上も先なんだけどね。
練習がんばるしかない・・・。
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# by myums | 2014-10-21 07:09 | 国際結婚とカナダ  

虐待について考える

前回の投稿から随分時間がたってしまいました。
もうお分かりかと思いますが、「ある家庭の場合」に出てくる長女は、私です。
幼少時代の生活を少しでも客観的に書けたらと思ったのですが、読み返してみると、客観からは程遠い文章になってますね。
今回は、背伸びをするのをやめて、自分自身の言葉で書いてみたいと思います。

虐待とはなんでしょう。

法的定義では4つに分類されます。

1.暴力による身体的虐待
2.十分な衣食住を与えない等のネグレクト
3.性的虐待
4.暴言や自尊心を踏みにじる心理的虐待

私や妹が受けたのは、4番目にある心理的虐待にあたります。
実はつい最近まで、自分が虐待されていたという事実を受け入れることが恥ずかしいと思っていました。

だって、虐待ですよ、虐待。
そんな大げさな。
ちょっと厳しい家庭で育っただけで、似たり寄ったりな家庭は他にもあるし、厳しいしつけで育ったすべての子供がトラウマになるわけじゃない。

自分の弱さは自分の問題。虐待を言い訳に使うなんて、恥ずかしいぞ、自分。
仮にあれを虐待だとしてみたところで、何が変わる?
ダメな自分に変わりはない。

自分は自分で変えるしかない。
それができないから、私はダメなんだ。
あー、ダメだ。ダメなんだ。


てな具合に、同じところをグルグルグルグル回り続けて、一歩も前に進めないヘタレ自分に嫌気が差すという日々。
嫌いな自分を否定するために、強がって、外面はあくまで明るく。でもちょっとは弱さを知ってもらいたい。可哀想と同情してもらいたい気持ちもあったり。

まあ、なんとも面倒くさい女です。

私のこういう面倒な性格は、生まれ持っての性質でしょう。内気で人見知りで、そのくせプライド高い。けどね、人間ですから、良いところもいっぱいあるはずなんです。その長所がどこなのか、自分でまったく分からない。丸っきりの欠点人間にしか思えない。

自己愛の欠落ですね。
自分に自信をもてない。生きてても良いという価値が自分に感じられない。


虐待を受けて育った人の多くに見られる現象に、自己愛や自尊心の欠落があります。
常に、なんとなーく自分に自信がない。いっくら頑張っても自分を褒めるということができない。
たとえば、テストで100点とったとしますね。
それでも本人は、「今日はたまたま良かっただけで、次はきっと悪い点数になるんだ」と、ものすごーく暗い考え方をしてしまう。

これは生まれ持っての性質ではありません。
ささいなことで激昂する親の顔色を伺っているうちに、良いことのあとには何倍もの悪いことが起きるという仕組みを無意識に植えつけられているのです。

この思考が癖になってしまうと、大人になってもネガティブスパイラルな思考の渦に陥ります。

Booにプロポーズされたときも、嬉しさよりも不安でいっぱいになりました。

「私がこんなに幸せな気持ちになってしまって良いのだろうか。私なんかにそんな権利があるのだろうか。私のように弱くてズルクて何もできない人間が、これ以上幸せになったら罰があたる。Booにはもっとキレイで賢くて強い女性がいるはずだ。
あー、でもBooのことは大好きだから、一緒にいたい。
どうしよう、決められない。
ダメだ。やっぱり私はダメだ」

どうでしょう、この暗さ。
しかも、これが、素です。
なんのドラマティックさも含まずに、素直にこうなっちゃうんです。

この当時、28歳あたりでした。
アラサーにしてこの未熟な思考。
自分でそれが分かっていただけに、なおさら自分が嫌でしたね。

この頃も、鬼婆い追いかけられる夢は時折見ていました。

私がトラウマから抜け出せたかな?という感触をもてたのは、つい最近の話です。
物心ついた頃から30年以上かかりました。

今では鬼婆の夢も見ません。
自分に迷うことも、他人の顔色を伺うことも、少しはありますが、ほとんどありません。
ネガティブ思考に陥りそうになる自分をコントロールすることもできるようになりました。

私って欠点も多いけど、こんな良いところもあるじゃない、と思えるようになったのが一番の成果です。

死んだ母に対し、「生んでくれてありがとう」とは思いません。でも恨んではいません。私と母は、相性が悪かったんだなという諦めがあるだけです。

父は存命で、過去を償うかのように私に良くしてくれます。昔のことを謝ってもくれます。父は、母が私たち姉妹に吹き込んでいたような「どうしようもない男」ではなく、「不器用ではあるけれど優しい人」でした。

親も人間です。感情があります。
そして、親子といえども相性があります。

しかし、子供が子供である間は、親は子に愛情を注ぐのが義務です。
子供には愛情を受ける権利があり、自分を愛する価値があるのです。
子供はあなたのサンドバッグではありません。感情の受け皿でもありません。

それを肝に銘じて、子供を作り、育ててください。

私も親になりました。
ミッシャンはとても燗の強い、ヒステリックで頑固な(まるで私の母みたい)、娘です。

私も、叩いてしまったり、怒鳴ってひどいことを言ってしまったり、理想のママ像からは程遠いところにいるのが現状です。

でも、私は真剣に育児に取り組んでいます。
どうしたら怒らずにミッシャンの気持ちを和らげることができるのか。
どうしたらミッシャンを傷つけずにいられるのか。
常に悩み、考え、新しいアプローチを試みています。

うまくいく日もあれば、ダメな日もある。
泣くことも多い。
もう無理ーーーー!!!と思う日も、正直たくさんある。

私とミッシャンは相性悪いのかなあと悩んだりもします。

それでも、親子。
ミッシャンに私のような人生は歩ませたくない、絶対に。
私がミッシャンの夢に鬼婆となって現れるのだけは、防がなければ。
虐待の連鎖は、私が絶つ。

という気持ちを基本に、無理しすぎず、周囲の助けをかりながら、子育てしています。


なんだか取り留めのない文章になってしまいましたが、これが私の虐待体験です。
もっともっと色んな感情や、出来事があったのですが、とても書ききれないのでやめておきます。
虐待って、報道によくある残虐なものだけじゃなく、世間に知られず家庭内でひっそりと行われているもののが実は大半で、当の親は虐待の意識すらないんです。

そういう虐待を受けている子供たちは、施設に保護されることもなく、ひたすら耐える日々。大人になってもトラウマに悩むこととなる。

我が子にトラウマ人生を歩ませないために、親は虐待というものを少しでも知ることが大切だと思います。日本における虐待の実態、どのような法整備がされ、どのような対策がとられているのか、虐待をしてしまう側の心理や状況、私たちにできること。
メディアで報道される残虐非道な事件ばかりが虐待ではないことを知るべきです。そして、鬼のように思える親に対するケアこそが、虐待防止に繋がることも知ってください。


長く拙い文章をここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
虐待について書くには、正直時期尚早だったかもしれませんが、今回は、チャレンジした自分を褒めてあげたいと思います。
そして、1人でも多くの方が児童虐待問題に興味を持ってくれたら、嬉しいです。
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# by myums | 2014-07-19 11:11 | 国際結婚とカナダ  

虐待を考える 虐待が残すもの

虐待が残す傷、その1

虐待されている子供に、「虐待」という認識はありません。
体罰を受けること、親から認められないことが、普通なのです。

前述の長女の場合も、体罰は正しいという間違った大義名分の下、ストレス解消の手段として次女を虐待していました。

そして、どんなに辛くて苦しくても、その気持ちを告白することはできません。
なぜなら、それが「普通」であるから。
長女は、両親のケンカや体罰は、どこの家庭にもある普通のできごとと信じていました。「つらくてもいやでも、みんなたえてるんだ。子供ってそういうものなんだ」

大人になる過程で、「育った環境が普通でなかった」と気づいていくものですが、だから、どうした、もはやどうにもできません。

せいぜい、可哀想だった自分に哀れみの涙をながしてやることくらいです。

やがて結婚し子供がうまれ、親となったとしても、はて、どうやって普通の家庭を築けばよいのか、まったくもって分かりません。

そうして、育児に行き詰る。
子供を叩きたい衝動に駆られる。必死に抑える。ストレスがたまり。ある日、叩いてしまう。すっと気持ちが治まる。叩くことが日常化する。

虐待が虐待を呼ぶ典型パターンですね。


虐待が残す傷 その2

日常的に体罰を受けていると、歪みます。
泣いて謝りながら、親を憎みます。
面従腹背し、ばれなければ良いというずるさが育ちます。

その代わり、自尊心という花は枯れます。
自尊心は人間に生まれつき備わっているものなので、花は枯れても根は残るのです。
残った根っこは開花を許されることなく、行き場を失い、心の中で腐敗し、精神を歪ませます。

長女の場合、親に認めてもらうことなかった自尊心を、「欠点」として処理しました。
本当の私は賢くて、物事を深く見つめている。
そう思う自分を、「図々しくて、うぬぼれている」と否定してきました。

徹底した自己否定を繰り返すうち、長女は無気力になりました。
努力しない人生を選択することで、辛い現実から目を背ける。
頑張らなければ結果に傷つくこともない。
逃げ場のない長女の、自己防衛だったのでしょう。

元来、子供はこんな小難しいことを考える必要はないのです。
子供が幼い脳みそを毎日フル回転させ、「自分に価値がない」という答えにたどり着き、納得する。

そんな状況にわが子を追い込んでいることに、気づかない親。

これは親の怠慢です。
精神的虐待です。

子供は口を閉ざせば閉ざすほど、心の中で絶叫しています。「気づいて」、と。

夜の洗面所でかみそりの刃を手首にあててみたり、ベランダから飛び降りてみようかと考えてみたり、できもしない自殺の真似事をしていた長女も、本心は、誰かに気づいてもらいたかった、可哀想にと慰めてもらいたかった。


幼少時代に受けた虐待は、トラウマとなり、大人になってもなかなか抜け出すことができなくなります。そうすると、精神的未熟な大人ができあがってしまうのです。
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# by myums | 2014-04-18 05:31 | 国際結婚とカナダ  

虐待について考える ある家庭の場合

夫婦喧嘩が日常である家庭がありました。
その家庭は父、母、長女、次女の4人家族で、3DKの狭い都営住宅に住んでいました。

夫婦喧嘩が始まると、決まって長女は涙を流しながら妹の手を引いて、公園に非難していました。
ある日、エスカレートした母の暴言にぶち切れた父が包丁を持ち出しました。
「110番して!お母さん、殺されちゃう!!早く早く!!」
母は長女に叫びました。
あわてて受話器を取り上げる長女。
「100番なんかするな!そんなものいらん!!」
叫び返す父。

母と父の間に挟まれた長女は、受話器を握り締めたまま、どうしたらよいか分からず、ただ静かに涙をこぼしていました。

長女は母を恐れていました。
母は感情の起伏が激しく、また夫婦関係悪化のストレスも手伝って、長女を日常的に怒鳴りつけ、叩いていました。

狭い家の中を泣号泣し逃げ惑う長女を、母は捕まえ、叩きました。長女を叩くことが母の務めであるかのようでした。
母の気の強さに適うものはおらず、父も親戚も、叩かれ怒鳴られる長女を「可哀想」と思いつつも助けてあげることができませんでした。

物心ついたときから、長女は、同じ悪夢を繰り返しみていました。
林の中を鬼婆に追いかけられる夢です。
近所の公園まで必死に逃げて、ほっとした瞬間目の前にあの鬼婆が突然現れるのです。
その顔は、怒りに燃えた母の顔でした。

心臓をバクバク言わせながら、毛布を頭まで引き上げました。
毛布の臭いをかいでいると安心するのでした。

長女は次女をよく叩きました。
「謝ってても顔が笑ってる。謝り方がなってない」
母が妹をしつけないから、私が代わりしつけるんだ。


早晩、夫婦は離婚しましたが、娘は2人とも父と生活することになりました。
娘たちの希望は、もとより聞かれることすらありませんでした。
母は若い男性と再婚し、姉妹は週末を母のアパートで過ごしていました。

離れて暮らすことで長女が母に叩かれることも減ったある日、母は長女に言いました。
「あなたも口で言えば理解できる年になったから、お母さんはもう叩くのをやめるね」
長女は「うん、わかった。ありがとう」と言いましたが、腹の中は煮えくり返っていました。

あなたは今まで私にしてきた仕打ちを、しつけと称して謝らないつもりなのね?!
ずるい。

約束どおり、母は長女を叩くことをやめました。
正確には、叩く体力も残されていなかったのです。

「あたなのお父さんは最低」
絶対安静の布団の中で、母は父を罵りました。
「お父さんのことを悪く言わないで。私にとってはお父さんはたった1人のお父さんなんだから!」

長女は父のことを、気弱で甲斐性のないダメ男だと思っていましたが、弱くなった母についに反旗を翻すために、本で読んだせりふを口にしてみたのです。
口にした瞬間、長女は生まれて初めて母に反覆した自分に、驚いていました。

母は何も言いませんでした。

長女13歳、次女10歳で母は死にました。

長女が死を意識し始めたのはこの頃でした。

私に楽しいことがやってこないのは、私の人生に価値がないから。
そういう運命なんだ。

日々思考をめぐらせ、辿りついた結果に愕然とすると同時にすっと胸の閊えが取れたように感じました。

ああ、そうか。
なら、死んだほうがいいか。

自殺を試みましたが、怖くてできませんでした。

自殺すらできない自分の意気地のなさが情けなく、自分の弱さをなじりました。

死ねないなら、死んだように生きるしかない。
目を閉じ、じっと耐え、この人生が終わるのを待とう。

それが長女の辿りついた答えでした。
長女は努力をせず、ただダラダラと、楽な道を選びながら、死に向かって日々を送ることにしたのです。

あの悪夢は、まだ続いていました。

夢の中だけではなく、実際の生活も悪夢でした。
母の死によって、叩く人はいなくなりましたが、今度は父が借金をこさえて、電気もガスも水道もとまり、極貧生活が始まりました。

姉妹はバイト先から余った食料を持ち帰ったり、時には友人にお米を分けてもらったりしながら生きていました。

長女は、ひたすら目を閉じ、楽な道をダラダラと歩き続け、そんな自分を嫌悪しながら、いつしか大人となっていました。

父が破産宣告をし、借金取りに追われることもなくなり、悲惨な昼ドラ家庭は終焉を迎えました。

残されたものは何でしょう。



 
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# by myums | 2014-04-11 06:05 | 国際結婚とカナダ  

Booと私の共通点

Booと知り合って12年になりますが、最近気づいた共通点があります。

しゃべると年寄りくさい。


二人とも童顔で見た目は若く見えるのですが、ひとたび口を開くと、どうもジジババくさい。

格言や四文字熟語を多用する私は、高校のころにはすでに、「しゃべるとババアだな」と言われておりましたが、どうもBooも若々しさのない言葉使いをするようだ、ということに気づきました。

まあ、胸を張って「若いぞ」と言える年齢ではないので、無理に若い言葉使いをする必要はないのですが、それにしても、Booの英語は硬い。ような気がする。

なんというか、私たちが教科書で習った英語そのものって感じ。
スラングの使用頻度も低い。


つまり、お互い母語では、なんとなーくイケテナイ言葉遣いをしてたわけですね。

似たもの同士、今後もなんとなーくイケテナイ方向性ながらも、そういうところがいいよね、と慰めあって歩んでいきたいと思います。

ってことは、ミッシャンもなんとなーくイケテナイ方向に育つのか!?
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# by myums | 2014-03-14 14:43 | 国際結婚とカナダ  

ミッシャンの英語

最近、ミッシャンの英語の上達がやばい。

今日は、「someone is talking!! i want some quiet!!」などとわめき散らし、私はわが子のそのヒステリックさよりも、quiet にSomeをつけて表現できてることに驚きでした。

現在ミッシャンの周りで日本語を話す人間は、私ただ一人。
ウィスラーの生活はすべて英語。
私とBooの会話も基本、英語。
通い始めたデイケアも、もちろん英語。

そんな状況だからか、最近のミッシャンの英語上達がすごい。最近は寝る前に読む本も、英語の本をリクエストされます。
今日は1日、ミッシャンの口から日本語が出ることはありませんでした。

ここ数年間は日本ーカナダーシンガポール間を行き来するという生活でしたが、その面倒臭さの中で実感したことは、言葉は生き物。
日本やシンガポールにいる間はミッシャンの日本語がグーンと伸びたし、カナダに来てからは英語力が伸びました。

ウィスラーにいる今は、英語が伸びる時期。
5月にバンクーバーに戻ったら、日本語幼稚園に通うので、そうしたら日本語がメキメキ伸びるでしょう。

子供の言語習得の早さに日々驚嘆しつつ、気づいたことがあります。
それは、インプットとアウトプット。
子供はインプットした新しい言葉を、すぐにアプトプットして習得してるんです。
たとえそれが誤った使い方であろうとも、とにかく使ってみる。
間違いを訂正されて、正しい言葉を覚える。
そしてまたそれをすぐ使ってみる。

これって大人になっても使ってるセオリーですよね。
ただ、大人になると間違ってても訂正してくれる人がいなかったり、間違うことが恥ずかしくてアウトプットできなかったり、という障害があるのですが。

でも、やっぱり基本はインプットと、アウトプット。
いっぱい間違って、いっぱい笑われて、言葉は身についていくんですねー。


しかし、ミッシャンについ英語で答えてしまう癖を直さなくては。せめて私くらいは日本語でコミュニケーションとっておかないと、親子のコミュニケーションの危機または崩壊の日も近い・・・。
なぜって、私の英語がめっちゃ中途半端だから。

ミッシャンの英語上達に置いていかれないように、私も英語がんばらなきゃなあ・・・。
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# by myums | 2014-01-30 16:13 | 国際結婚とカナダ  

小技ですよ

クローブですよ、奥さん。
料理をした後の臭いを消す、シークレットウェポン。

ウィスラーに住むBooのいとこ(オーガニック系)に教えてもらった小技です。

小さなお鍋にお水を敷き、クローブをドバっと入れて、コトコト煮込む。

それだけ。

グツグツ煮込み過ぎてはいけません。蒸気に乗って香りが広がったら火を止めましょう。私はこれを忘れて外出し、帰宅したら煙もうもうでした。
危うく火事になるところだった。

簡単に消臭できるばかりでなく、クローブの良い香りがお部屋に広がって、これまた癒される~。


おススメです。
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# by myums | 2014-01-28 15:35 | 国際結婚とカナダ  

ウィスラーにいます

シンガポールからヨーロッパをはさんで、現在カナダのウィスラーに滞在中です。

ウィスラーといえば、世界有数のスキーリゾート!
2010年冬季オリンピック開催地!
雪だ、ソリだ、スノボーだあ!

生まれて初めて見る生雪にミッシャンもおおはしゃぎ。
教えられてもないのに、雪山を転げ落ち、空を見上げ、ソリですべれば雪の中へダイブ。

子供ってのは、本能的に雪が好きなんですね。

雪があればおもちゃもいらないし、ミッシャンをソリ乗せ、ズルズル街を徘徊することもできて、なんて楽チンなんでしょう。

私もこの機会に、初心者スノボを中級くらいまでにレベルアップさせるぞ!

と、かなり勢い込んでいたのですが、蓋を開けてみれば、雪がない・・・

到着後3日後には、めっちゃいい天気!
その後も、ずっとめっちゃいい天気。
太陽キラキラ、お空真っ青、雲ひとつない~。

おかげで山の雪は凍りつき、恐怖のアイスバーン。

半日スクール、翌日自主練に励んでみたものの、転倒し尾骶骨を強打。
シンガポールの階段で転んで以来、腫れ物に触るようにいたわっていた私の尻尾バンバンだったのに・・・。痛い。痛い。非常に痛い。

むり、ほんとむり。

雪が降らない限り、山には登れないよ・・・。

ひたすら雪を待つ日々です。


そんなヘタレMyumsを横目に、Booは毎日のように山頂へ。
「上のほういったら雪あるよ!でも、Myumsにはちょっとむずかしいかな~。」

ああ、そうですか。完全なる上から目線によるアドバイス、ありがとう。

まあ、常夏シンガポーでウィンタースポーツに飢えていたBooなので、滑れることがとにかくHappyな模様。
毎日嬉しそうにボードを抱えて出て行って、ドヤ顔して帰ってくるBooを見てると、ウィスラーにきてよかったな~と思います。

ミッシャンもウィスラーでのプリスクールが始まり、私もヨガのクラスを取り始め、快適なウィスラー生活がスタートしています。

あとは、雪が降ってくれたらパーフェクト!
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# by myums | 2014-01-24 14:21 | 国際結婚とカナダ  

膝の毛

自分の膝小僧をじっと見つめていたミッシャンが、言いました。

「マミー、ミッシャンのおひざにヘアー生えてるー」

うん、そうだね。

「ワックスしなきゃー」

まだ、早いでしょ・・・。
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# by myums | 2014-01-23 14:54 | 国際結婚とカナダ  

ドイツのビックリ常識

クリスマスと新年をBoo姉の住むロンドンですごしてきました。
そのついでに友人を訪ねてドイツのデュッセルドルフへ行ったときのこと。

「うわああああああっつ!!!」

ある夜、Booの叫び声が友人宅に響き渡りました。

何事!?

あわてて駆けつけると、なんと、床から天井までの一枚窓がガコッと外れてる。
しかも天井側だけ。

Boo、窓破壊。


「開けようとしただけなのに、ま、まどが!!」

必死の形相で落ちてくる窓を抑えるBoo。
その場はなんとか窓をはめ込み、一件落着。

後で友人に聞いたところ、これはドイツではよくある設計なんだそうです。

天井側だけガコッと窓をはずすことで、効率よく換気できる。

なんとまあ、さすがドイツ。非常に機能的な造りだこと。

しかし、まじ、あせった。
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# by myums | 2014-01-08 10:05 | 国際結婚とカナダ