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ゴミ問題からの義母グチ

義母の愚痴です。

前にもチラッと書きましたが、義母はリサイクルを一切いたしません。
先日も、「私、リサイクルはしないの、リラックスしてるのが好きだから」と胸を張って威張る始末でございます。

ああ、、、むり、、、
私、こういう開き直る人、ほんと無理です。

「それはリラックスじゃなくて、レイジー(怠け者)って言うんだよ!!!」

と怒鳴りつけてやりました。
妄想で・・・。ごめんなさい。度胸がありませんでした。

ご両親は猫3匹飼っていて、日々、缶ゴミ大量排出でございます。
缶て、リサイクル率90%以上で、何度でも生まれ変われる奇跡のマテリアル。
しかも、原料は限りある天然資源。
リサイクルすれば、省エネもできる。

リサイクルしないと埋め立てられて、ガスが発生して空気を汚染、土壌も汚染されて、間違いなく地球を破壊します。


「これから、普通ゴミの収集が2週に1回になるのよ。ゴミがあふれて困っちゃう」
という、とても60過ぎの大人とは思えないような発言をいただきましたので、
「私の方の市ではとっくに2週に1回になってるけど、ほとんどのゴミはリサイクルできるからそれほど困らない」といった感じでやんわりとリサイクルを提案してみましたところ、

「でも生ゴミと分別すると、虫がわきそう。とてもじゃないけど触れなーい。Ewwww」

お前はどんだけ姫なんだ、と。

ちなみに、この家庭では、布巾やタオルというものも使っておりません。
全部キッチンペーパー。
トイレで手拭くのもキッチンペーパー。
掃除もキッチンペーパー。
食器拭くのもキッチンペーパー。

すごい消費量です。

理由は、洗濯物が増えるから。

ここまでくると、もはや、Earth hater(環境破壊推進派)と呼ばせていただきたい。

こういう人に、「あんたが地球を破壊したせいで、ミッシャン以降の世代にしっぺ返しがくるんだよ」なんてことを説いても、意味はないのでしょう。こういう人は、残念ながら、先を見通す力や律する力から見放されており、今この瞬間の楽さを最優先させてしまうのです。

おばあちゃんとしては優しく、楽しい人ではあるのですが、人間としてまったく尊敬できないどころか、こういう人間にだけはなりたくないという見本である義母です。
(もちろんゴミ問題だけでなく、包括的な意味で)


みっしゃんはグランマ大好きなので、お泊りもさせるし、一緒に遊ぶ時間もとってますが、本音を言えば、「早く気づいてー、みっしゃーん、この人ダメ人間だよー」ってなところです。
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by myums | 2015-11-25 04:09 | 国際結婚とカナダ  

専業主婦という選択

先日、FBで友達と「育休後に復帰するか、しばらく専業してみるか」てな話になって、私は、「仕事に戻れるときに戻っておいたほうが良いかも。タイミング逃すとズルズル専業になるよ、私のように・・・。子供はいつか巣立つから、そのときにママも仕事があったほうが安心」と言ったんですね。

そして友達から返ってきたコメントがこれ。

「迷うとこだけど、いずれ巣立つなら、それまでの限られた時間を可能な限りに一緒にいたかったりもする」


なーるほど!


限られた時間って言葉に、なんだかすごく納得しました。

私はミッシャン誕生後から専業主婦してますが、「もう可愛くてたまらない!ずっと一緒にいたい!」ってのは全然なくて、ミッシャンの癇癪に振り回され、ぐったりの日々。

生んだからには育てねば、という義務感が私を生かしておりました。
うちの子、可愛い~(顔が)と思う瞬間もありましたが、基本、苦行。

ところが!
4歳を機に、癇癪がパタッと収まったのです!

こうなりゃ、こっちのものです。
俄然子育てが楽しくなりました。
だって、可愛いんだも~ん。
今が蜜月とばかりに、LOVELOVEな私とミッシャンです。

何が言いたいかと言うと、つまり、癇癪も期間限定だったわけです。
その限られた時間を一緒に過ごしたおかげで、今のみっしゃんとの安定した関係がある。
辛かったけど、癇癪と正面から向き合ったことで、私も親として、また人間として成長できたし、ミッシャンからしても、持て余す激しい感情を受け止めてくれた母がいたおかげで、やっと満足して次のステージにいけたのかもしれません。

私がワーキングマザーであったら、ここまでミッシャンの癇癪を受け止める余裕は、時間的にも精神的にもなかったでしょう。
そして、ミッシャンの癇癪も未だに続いていたかもしれません。

あの時、仕事に復帰してれば・・・と思ったり、将来の自分に不安を感じていたりしたので、友達のこの言葉には開眼させられました。

私にとっては、専業主婦という選択は間違っていなかった。
親子関係の基礎固めをジックリすることができたから。
そして、今は、将来の自分のため、できることをコツコツやっておこう。

友達の存在ってほんとにありがたいな~。
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by myums | 2015-11-18 15:40 | 国際結婚とカナダ  

厳しいぜ、ミッシャン

最近、朝勝手に起きて、勝手に自分のアレコレやってくれるようになったミッシャン。
それをいいことに、休みの日は寝入る母。
親がダメだと子供は自立するみたいです。

そして、明日、カナダは祝日でーす♪

「お弁当つくんなくていいから、ゆっくりできる~♪」

ルンルン気分の私に、みっしゃん一言。

「マミー、明日は8時におきてね」

えっ・・・。

段ボールでカフェを作るんだそうです。
朝一リビング集合です。
がんばります。
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by myums | 2015-11-11 17:18 | 国際結婚とカナダ  

Boo、素晴らしい教育法

Boo「みっしゃん、これはみっしゃんとダディーの秘密だよ!」
ミッシャン「うん!」
Boo「よし!じゃあ、後でマミーに教えてあげよう!」

マミー現る

ミッシャン「マミー、あのね、これこれこうでね、これは秘密なんだよ!」

という教育法をBooは取っているらしい。
なるほど、それでみっしゃんは私に秘密をばらしてくれるのか。
私にだけは何でも教えてくれるんだわ、と思い上がっていたけど、実はBooの効用だったのか!

家族の中で秘密を持たない、というか、家族にはなんでも話せる、という環境を作ってくれてんだなぁ。

みっしゃんの成長とともに秘密のレベルもアップして、家族間で共有するのが難しくなってくるとは思うんだけど、それはまたそのとき考えよう。
今は、家族の土台を築く時。
しっかりと基礎を固めておけば、今後みっしゃんが迷ったときの助けになるはず。

Boo、ありがとう。
こんな素敵なパートナーに出会えたことに、感謝。
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by myums | 2015-11-10 03:18 | 国際結婚とカナダ  

許さなくていいという選択

物心ついた頃から、「強さ」に憧れていました。
逆境に立ち向かい、努力し、幸せを自分の力で手に入れる、そんな人間になりたい。

実際の自分は、逆境に目をつぶり、楽な道を選び、幸せを最初から諦めている、ダメで弱い人間でした。というか、そう思い込んでいました。

自殺するのも怖い、自立するのも面倒、学校行くのも面倒、でもビビリだから赤点とか怖くて、試験ではそこそこの点数を取る。プライドだけは高いから、一応大学も行っといた。

就職難で就職活動も面倒だし、面接で落とされたり、自分を否定されたりすることを想像したら、怖くて、結果、プーになった。

自分がダメ人間なのは嫌と言うほど分かっていたので、友人関係も表面的。
楽しくおしゃべりはできるけど、本当の自分をさらすことはできなかった。
深く付き合うことによって嫌われるのが怖かった。

なんで自分はこうなんだろうと悩み、もがき、苦しみながらも、そんなことで悩んでると周囲に思われなくないため、強い自分を演じる。
そしてまた、同じことで悶々と悩み、、、この繰り返し。


万年思春期、つまりインナーチャイルドであった私ですが、数年前にとある本に出会いました。
それが、『毒になる親』です。

自分の堕落した性質と育った環境との結び付けて考えることこそ、甘えであり言い分けであると考えていた私は、虐待関連の本は一切読まずにきました。
なのでこの本を手に取ったことは、魔が差したようなものでした。
そして、そのおかげで救われました。

まず、自分が両親にされたことは、虐待であったと受け入れることができました。
人生に価値が見出せず、自信がなく、無気力であることもまた、虐待に起因していると、認めることができました。
両親の庇護に頼る以外に生きる術のなかった幼い私から、人生の価値を奪い取り人格を貶めた両親にこそ、一切の責任があり、私がその責任を感じる必要はゼロであることも、受け入れることができました。

それは言い訳でも甘えでもない。
事実なのです。

そして、この本には、「死んだ毒親」に関する記述もありました。

「亡くなった人を悪く言うものじゃない」という風潮があります。
ましてや私の母は、四半世紀以上も前に闘病の末になくなっているので、とてもじゃないけど、まだトラウマ抱えてるなんてそぶりにも出せません。

自分自身も、死んだ親を許せない自分の器の小ささが大嫌いでした。

けれど、死ねば生前の罪はすべて許されるのでしょうか。
実の親に傷つけられ癒されることのなかった幼い心は、親が死ねば浄化されるものではありません。
解決する機会を永遠に失った心の傷は、一生膿み続けるのです。

親が死んだからと言って、無理に許す必要はない。
自然に許せる日がくれば、もちろんそれに越したことはないけれど、「許さなくてはいけない。なぜならそれが正しいことだから」という強迫観念からの許しならば、許さなくて良いのです。

この記述に、目からうろこでした。

まさに私は、「正しいことをしなくてはいけないから、許さなければいけない」という理論のもと、許したふりをして生きていました。

それこそが、私を苦しめていた元凶だったのです。

「許さなくていい」

この一言で、私の人生は変わりました。
自由になりました。
伸び伸びしました。
心がしゃんとしました。

許すことをやめただけで、こんなに楽になるとは、びっくりです。

最近になって、近しい親戚だけに、「私は許さないことにした」という話をしたところ、「でも、お母さんもね、貧乏で辛かったんだよ。生活苦の中、必死に働いて、だから、余裕がなかったのかもよ」と言われました。
それも分かります。
母だって生活のために必死だった。
だけど、母の私への虐待は、貧乏だけが原因ではない気がするのです。
私と母は相性が悪かった。
貧乏で余裕がないところに、やることなすこと気に触る娘がいて、むしゃくしゃしてどうにも収まらないから、娘を叩いちゃう。
というか、考える前に感情で手が出ちゃう。そういうヒステリックな人でした。

まあ、何が原因としても、親が子供を虐待してよいってことにはなりません。
それは許されることではありません。

だから、私は許しません。
生んでくれたことへの感謝もありません。
あの人が私へしたことは忘れません。
私を守ってくれなかった父のことも、忘れません。
私があの両親を選んでこの世に生まれたなんて、信じません。
私の自尊心をめちゃくちゃにした両親を、許しません。
だって、何十年かけても、どうやっても、許せなかったんですから。

そして、許さない決断をした自分を、許してあげます。
そう、私は、両親を許さない代わりに、自分を許したのです。

トラウマから完全に脱却したのかどうか、正直よく分かりません。
いずれ母のことを許せる日が来るのか、自分が死んでも許せないのか、それも分かりません。
とにかく、生まれて初めて、自分を許し、自信を取り戻すことができたのですから、今はそれで満足です。

心が自由っていいなーーー。
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by myums | 2015-11-07 09:14 | 国際結婚とカナダ  

アリスのままで-still alice-

アリスのままで』を観ました。

言語学者として大学で教鞭をとるアリスは、3人の子供にも恵まれ、夫との仲も良く、幸せいっぱいに人生を謳歌しておりました。
ところが、講義中に言葉が出てこなくなったり、ジョギング中に迷子になったりとおかしな現象が続くようになります。

「もしかして、脳腫瘍?!」

いいえ、違います。
あなたは、アルツハイマーです。

「ええええええええええっ
まだ、50歳ですけど!!!」

非常にレアケースである若年性アルツハイマーと診断されたアリス。

アルツハイマーのもっとも恐ろしいのは、脳みそが徐々に機能不全となっていく過程を、本人が受け止めなくてはならないところです。
特に言語学者のアリスにとって、言葉やコミュニケーションは彼女の情熱そのもの。人生をかけて築き上げてきたものです。
それらが少しずつ、彼女の脳みそから抜け落ちていく。
そして、それを止める術はない。

トイレの場所を忘れお漏らししてしまうシーンなど、観ていて辛い。胸が締め付けられました。

とは言え、この映画では、アルツハイマーによる症状のエピソードは、比較的淡々と描かれています。
私にはそれが良かったです。
病気の恐ろしさばかりにフォーカスした映画だったら、最後まで観れなかったかもしれません。

静かに、でも確実に進行する症状の中で、アリスは「アリスとしての人生」を精一杯生きようとします。そんなアリスを、それぞれの思いを抱えながら支えていく家族。

と言うと、家族の自己犠牲の上に成り立つ介護みたいのが想像されがちですが、そうはならないところがリアル。

アリスには、旦那さんと、2人の娘と、1人の息子がいるんですが、皆それぞれに家族があったり、仕事があったり、夢があったりして忙しいのです。
旦那さんにしても、日常の細々した世話はになっていますが、彼にも彼の人生があり、アリスとともにそこで立ち止まっているわけにはいかない。

それは仕方のないことだと思います。

だからと言って、アリスの家族が冷たいかというと、そんなことはなく、介護が必要な状態になっても施設に送ったりせず、旦那さんは自宅介護をしていますし、家族同士連絡を取り合って、できる範囲でアリスのそばにいるようにしてあげています。

特に、次女リディアとアリスの親子関係が、可愛らしくて、とても良かったです。

優秀で高学歴の家族の中で、女優を目指し自由な生き方を好むリアディアは異質な存在。アリスはそんなリディアに、「学歴もキャリアのうちよ。カレッジに行ったら?」とかなんとか、説教臭いことを言い、リディアはアリスに対し、「口うるさいな~」と思ってるわけです。

ただ、この二人のやりとりが何だかコミカルで可愛らしいんですね。

発症後も、病気を盾に進学を勧めるアリスに、「そんなのずるいわ。病気を使って私をコントロールしようとしないでよ」とリディアが対抗すると、アリスは「あら、なんでいけないの。病気を使っていい権利が私にはあるわー」みたいなことをシレッと言ってのけたりして、その様子がとても自然な親子なんですね。

遠く離れて暮らしていても、母とのスカイプは欠かさないし、必要となれば自ら介護を買って出る。リディアは、きっとママのことが大好きで尊敬しているんだろうな~と思います。

症状が進行し、かつての強く聡明な女性であったアリスは失われていきます。
それでも、アリスはアリス。
付加価値のなくなった丸裸のアリスを、家族はどのように受け入れていくのか。
そんな強い余韻を残す映画でした。

もし、私の身に起こった場合、まず失われるのは、英語だよなぁ・・・。
Booとのコミュニケーションどうしよう。
日本語勉強してもらわなきゃっ!
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by myums | 2015-11-02 11:20 | 映画・海外ドラマ あ行