カテゴリ:国際結婚とカナダ( 362 )

 

専業主婦という選択

先日、FBで友達と「育休後に復帰するか、しばらく専業してみるか」てな話になって、私は、「仕事に戻れるときに戻っておいたほうが良いかも。タイミング逃すとズルズル専業になるよ、私のように・・・。子供はいつか巣立つから、そのときにママも仕事があったほうが安心」と言ったんですね。

そして友達から返ってきたコメントがこれ。

「迷うとこだけど、いずれ巣立つなら、それまでの限られた時間を可能な限りに一緒にいたかったりもする」


なーるほど!


限られた時間って言葉に、なんだかすごく納得しました。

私はミッシャン誕生後から専業主婦してますが、「もう可愛くてたまらない!ずっと一緒にいたい!」ってのは全然なくて、ミッシャンの癇癪に振り回され、ぐったりの日々。

生んだからには育てねば、という義務感が私を生かしておりました。
うちの子、可愛い~(顔が)と思う瞬間もありましたが、基本、苦行。

ところが!
4歳を機に、癇癪がパタッと収まったのです!

こうなりゃ、こっちのものです。
俄然子育てが楽しくなりました。
だって、可愛いんだも~ん。
今が蜜月とばかりに、LOVELOVEな私とミッシャンです。

何が言いたいかと言うと、つまり、癇癪も期間限定だったわけです。
その限られた時間を一緒に過ごしたおかげで、今のみっしゃんとの安定した関係がある。
辛かったけど、癇癪と正面から向き合ったことで、私も親として、また人間として成長できたし、ミッシャンからしても、持て余す激しい感情を受け止めてくれた母がいたおかげで、やっと満足して次のステージにいけたのかもしれません。

私がワーキングマザーであったら、ここまでミッシャンの癇癪を受け止める余裕は、時間的にも精神的にもなかったでしょう。
そして、ミッシャンの癇癪も未だに続いていたかもしれません。

あの時、仕事に復帰してれば・・・と思ったり、将来の自分に不安を感じていたりしたので、友達のこの言葉には開眼させられました。

私にとっては、専業主婦という選択は間違っていなかった。
親子関係の基礎固めをジックリすることができたから。
そして、今は、将来の自分のため、できることをコツコツやっておこう。

友達の存在ってほんとにありがたいな~。
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by myums | 2015-11-18 15:40 | 国際結婚とカナダ  

厳しいぜ、ミッシャン

最近、朝勝手に起きて、勝手に自分のアレコレやってくれるようになったミッシャン。
それをいいことに、休みの日は寝入る母。
親がダメだと子供は自立するみたいです。

そして、明日、カナダは祝日でーす♪

「お弁当つくんなくていいから、ゆっくりできる~♪」

ルンルン気分の私に、みっしゃん一言。

「マミー、明日は8時におきてね」

えっ・・・。

段ボールでカフェを作るんだそうです。
朝一リビング集合です。
がんばります。
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by myums | 2015-11-11 17:18 | 国際結婚とカナダ  

Boo、素晴らしい教育法

Boo「みっしゃん、これはみっしゃんとダディーの秘密だよ!」
ミッシャン「うん!」
Boo「よし!じゃあ、後でマミーに教えてあげよう!」

マミー現る

ミッシャン「マミー、あのね、これこれこうでね、これは秘密なんだよ!」

という教育法をBooは取っているらしい。
なるほど、それでみっしゃんは私に秘密をばらしてくれるのか。
私にだけは何でも教えてくれるんだわ、と思い上がっていたけど、実はBooの効用だったのか!

家族の中で秘密を持たない、というか、家族にはなんでも話せる、という環境を作ってくれてんだなぁ。

みっしゃんの成長とともに秘密のレベルもアップして、家族間で共有するのが難しくなってくるとは思うんだけど、それはまたそのとき考えよう。
今は、家族の土台を築く時。
しっかりと基礎を固めておけば、今後みっしゃんが迷ったときの助けになるはず。

Boo、ありがとう。
こんな素敵なパートナーに出会えたことに、感謝。
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by myums | 2015-11-10 03:18 | 国際結婚とカナダ  

許さなくていいという選択

物心ついた頃から、「強さ」に憧れていました。
逆境に立ち向かい、努力し、幸せを自分の力で手に入れる、そんな人間になりたい。

実際の自分は、逆境に目をつぶり、楽な道を選び、幸せを最初から諦めている、ダメで弱い人間でした。というか、そう思い込んでいました。

自殺するのも怖い、自立するのも面倒、学校行くのも面倒、でもビビリだから赤点とか怖くて、試験ではそこそこの点数を取る。プライドだけは高いから、一応大学も行っといた。

就職難で就職活動も面倒だし、面接で落とされたり、自分を否定されたりすることを想像したら、怖くて、結果、プーになった。

自分がダメ人間なのは嫌と言うほど分かっていたので、友人関係も表面的。
楽しくおしゃべりはできるけど、本当の自分をさらすことはできなかった。
深く付き合うことによって嫌われるのが怖かった。

なんで自分はこうなんだろうと悩み、もがき、苦しみながらも、そんなことで悩んでると周囲に思われなくないため、強い自分を演じる。
そしてまた、同じことで悶々と悩み、、、この繰り返し。


万年思春期、つまりインナーチャイルドであった私ですが、数年前にとある本に出会いました。
それが、『毒になる親』です。

自分の堕落した性質と育った環境との結び付けて考えることこそ、甘えであり言い分けであると考えていた私は、虐待関連の本は一切読まずにきました。
なのでこの本を手に取ったことは、魔が差したようなものでした。
そして、そのおかげで救われました。

まず、自分が両親にされたことは、虐待であったと受け入れることができました。
人生に価値が見出せず、自信がなく、無気力であることもまた、虐待に起因していると、認めることができました。
両親の庇護に頼る以外に生きる術のなかった幼い私から、人生の価値を奪い取り人格を貶めた両親にこそ、一切の責任があり、私がその責任を感じる必要はゼロであることも、受け入れることができました。

それは言い訳でも甘えでもない。
事実なのです。

そして、この本には、「死んだ毒親」に関する記述もありました。

「亡くなった人を悪く言うものじゃない」という風潮があります。
ましてや私の母は、四半世紀以上も前に闘病の末になくなっているので、とてもじゃないけど、まだトラウマ抱えてるなんてそぶりにも出せません。

自分自身も、死んだ親を許せない自分の器の小ささが大嫌いでした。

けれど、死ねば生前の罪はすべて許されるのでしょうか。
実の親に傷つけられ癒されることのなかった幼い心は、親が死ねば浄化されるものではありません。
解決する機会を永遠に失った心の傷は、一生膿み続けるのです。

親が死んだからと言って、無理に許す必要はない。
自然に許せる日がくれば、もちろんそれに越したことはないけれど、「許さなくてはいけない。なぜならそれが正しいことだから」という強迫観念からの許しならば、許さなくて良いのです。

この記述に、目からうろこでした。

まさに私は、「正しいことをしなくてはいけないから、許さなければいけない」という理論のもと、許したふりをして生きていました。

それこそが、私を苦しめていた元凶だったのです。

「許さなくていい」

この一言で、私の人生は変わりました。
自由になりました。
伸び伸びしました。
心がしゃんとしました。

許すことをやめただけで、こんなに楽になるとは、びっくりです。

最近になって、近しい親戚だけに、「私は許さないことにした」という話をしたところ、「でも、お母さんもね、貧乏で辛かったんだよ。生活苦の中、必死に働いて、だから、余裕がなかったのかもよ」と言われました。
それも分かります。
母だって生活のために必死だった。
だけど、母の私への虐待は、貧乏だけが原因ではない気がするのです。
私と母は相性が悪かった。
貧乏で余裕がないところに、やることなすこと気に触る娘がいて、むしゃくしゃしてどうにも収まらないから、娘を叩いちゃう。
というか、考える前に感情で手が出ちゃう。そういうヒステリックな人でした。

まあ、何が原因としても、親が子供を虐待してよいってことにはなりません。
それは許されることではありません。

だから、私は許しません。
生んでくれたことへの感謝もありません。
あの人が私へしたことは忘れません。
私を守ってくれなかった父のことも、忘れません。
私があの両親を選んでこの世に生まれたなんて、信じません。
私の自尊心をめちゃくちゃにした両親を、許しません。
だって、何十年かけても、どうやっても、許せなかったんですから。

そして、許さない決断をした自分を、許してあげます。
そう、私は、両親を許さない代わりに、自分を許したのです。

トラウマから完全に脱却したのかどうか、正直よく分かりません。
いずれ母のことを許せる日が来るのか、自分が死んでも許せないのか、それも分かりません。
とにかく、生まれて初めて、自分を許し、自信を取り戻すことができたのですから、今はそれで満足です。

心が自由っていいなーーー。
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by myums | 2015-11-07 09:14 | 国際結婚とカナダ  

Boo、虚言

Booとみっしゃん、Boo両親とディナーに出かけたときのこと。
テーブルに案内され、さてさてとメニューを見始めたとき、
「あ!あのスタッフ、Bufala(近所のピザ屋さん)にいた人だ」とBooが声をあげました。

「この店はBufalaと同じオーナーなんだ!」

言うが早いか、興奮の面持ちで隣の両親にも告げるBoo.

「ねえ、この店、Bufalaとオーナーが同じなんだよ」

断定したよ、この人!!

あの人がBufalaを辞めて、この店に移ってきただけって可能性もあるよね?
同じスタッフいるから同じ経営者とは限らないよね?

妄想を事実に格上げする男、Boo。

まあ、同じオーナーだったというラッキーな結果だったんですけど、この根拠のない自信は一体どこから来るのか、毎度不思議ですわ。
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by myums | 2015-10-25 11:26 | 国際結婚とカナダ  

親の愛情って何?

虐待関連の書籍やサイトを読んでいると、「親の愛情不足」というキーワードが必ず出てきます。
親からの愛情を感じられずに育った人は、自己否定が強く、親から得られなかった愛情を他人や物で埋めようと依存症になるケースも多い。

しごくもっともなご意見なのですが、私はこの文章に出会うといつも違和感を覚えていました。
だって、幼い子供が、「私って親に愛されてて幸せ!」と実感したり言葉にしたり、しないですよね。

子供のどういった心の動きが、親の愛情を感じているということに繋がるのでしょうか。
親の愛情とは具体的に、どういったものなのでしょうか。

最初、私には分かりませんでした。
親が不在がちで、母に否定ばかりされてきた私にとって、親とは、いないほうが安心する存在だったのです。いなければ叩かれたり怒られたりすることもなく、自由があった。
親の不在は、私の天国でした。

それが家族と言うものであって、周囲の友達もみなそのように感じていると思っていたのです。
親の愛情どうこうなんて考えることすらしませんでした。


そんな私も、果たして人の親になり、我が子に溢れんばかりの愛情を抱くようになりました。どうやら親から子への愛情は、勝手にわいてくるものであったようで、「我が子を愛せなかったらどうしよう」という当初の不安は、杞憂に終わりました。

しかし、ミッシャンのほうはどうでしょう。
愛されている実感があるのか。

赤ちゃん時代はよく分かりませんでしたが、今はわかります。
みっしゃんは、愛されていると実感している。

なぜなら、私の腕の中にいるとき、ミッシャンはこの上なく安心しているから。

安心感。

それは子供にとって、幸福感と同じこと。
安心する場所、自分の居場所、温かい抱擁。

不安なとき、悲しいとき、抱きしめてくれる腕が、子供には必要なのです。
なーんにもないとき、ぼーっとテレビを見てるときでも、抱きついてムギュムギュする。
そうすると自分の中の愛情もほとばしるし、されてるミッシャンも「やめてー」とか言いながらも、ものすごく嬉しそう。

そんな気分じゃないときも、もちろんあります。
甘えてきたミッシャンを邪険に扱ってしまうことも・・・。
親も人間ですからね。

いつでもどこでも我が子を100%愛してるじゃなくていいと思います。
子供が素直に自分の腕の中に飛び込んできてくれて、そのときに子供が安心した顔をしてれば、大丈夫。抱きしめ返して「大好きだよ」と伝えれば、愛情は自然と伝わります。


安心感。
自分の幼少時代に得られなかった大切なものを、ミッシャンに与えてあげたい。
でも実際には、抱きしめることで私が安心するって部分が大きいんですけどね。

今後、ミッシャンの成長に合わせて愛情の与え方も変えていく必要があるのでしょうが、安心感というキーワードだけは普遍なんだろうなと思います。
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by myums | 2015-08-27 02:42 | 国際結婚とカナダ  

名前で呼ばないの?!

みっしゃんの通う日本語幼稚園に、ニューフェイスがやってきた。
そのママさんと顔を合わせたので、「初めましてー。ミッシャンの母のmyumsです」とご挨拶。
相手のママさんが苗字を教えてくれたので、「下のお名前で呼んでも良いですか?」と聞いてみた。

したら、すごいビックリされた。

「日本の幼稚園では、そもそも名前を聞かれることもなかったので・・・」

えっ?! じゃあ、その人のこと呼ぶときはどうするの?

「○○ちゃんママ、ですねー」

そ、そうなの。
名前、あるのになぁ。


こっちいると、日本人ママ同士の結束の強さを感じる。
人種的にマイノリティーだし、身近に頼れる家族がいない人も多いから、ママ同士が助け合って、子育てをしてる。
だから必然的に名前を聞くし、新しく来た人に対しても、桂三枝ばりの笑顔で「いらっしゃ~い」です。

日本で子育てしてないから実情分からないけど、下町おせっかい風味なこちらの子育ては、少なくとも私に合ってる。
名前で呼んでくれないなんて、寂しいよぉ。
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by myums | 2015-05-20 06:12 | 国際結婚とカナダ  

プチ子離れ

4歳を過ぎ、日常のことはほぼ自分でできるようになったミッシャン。
「ミッシャンやるの!」と、できないことでも自分でやりたがる。
私が手や口を出そうとすると、「ミッシャンがやってるの!!」とぶち切れる。

失敗すれば泣きます。
「もう!!だいきらい!!」と悔し泣きしながら、地団太踏んで、地球を揺らします。
でも、成功するまで何度でもチャレンジするんです。
涙と鼻水を袖でぬぐいながら、果敢に挑んでいくミッシャン。
すごいな~。

この負けず嫌いと根性は、母譲りでは絶対にない、ミッシャン固有の良いところです。

これを伸ばしてあげるためにも、マミーはその影を少し薄めるようにしなくちゃな。
やりたいことはやらせて、口も手も出さない。
見てない振りして、見守る。
身に危険がないことであれば、放っておく。

そして、できてもできなくても、褒める。
チャレンジしたこと、ここまで頑張ったことを、認めてあげる。

そのときは、本人が結果に納得できなくていじけるパターンが多いんですけど、それでも、再チャレンジしたときに、失敗から学んだことを生かして成功したりするんです。

すごいな~。

4歳だけど、人間的には私より立派。
尊敬するわー。


たった4年間のうちに、随分と成長したものです。
ここからは、親側も、子供を放っておく、または見守ることに少しずつ慣れていく必要がありそう。
子離れの始まりです。

正直、こんなに早く子離れを意識するとは思ってませんでしたが、まあ、親子双方にとって良いことでしょう。
子離れのタイミングを逸すると、過干渉な親になっちゃうから。
下手すると、我が子可愛さのあまり育児にのめりこみ、世話を焼きすぎ、親の価値観を押し付けるという毒親になる可能性もあり・・・。

周囲を見てると、そういう親って、「良かれと思って症候群」。
子供の尻拭いをしたり、失敗しないための予防線を幾重にも張ったり。
結果、子供は問題解決能力を育てることができず、自立できない人間になっちゃう。

本来、親の役目は子の自己愛と自立を育む存在であり、それ以上でも以下でもないはずなのに、それじゃ本末転倒です。

つかず離れず、親子関係はそのくらいで丁度いい。

ミッシャンはまだ4歳なので、その域に達するまではまだ時間がありますが、少しずつ子離れの準備を進めて、私も自分のために生きていきたいものです。
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by myums | 2015-03-17 03:41 | 国際結婚とカナダ  

英語のお勉強におすすめ!

Boo、日本へ出張中。
2週間も。
寂しい・・・。

そんなときに限って、雨、雨、雨・・・。
これからしばらくずーっと雨なんだって。

ま、雨で凹んでたらバンクーバーの冬は越せません。
幸い、ミッシャンもバスライドを楽しんでくれてるし、親子2人でバスに揺られてどこまでも~。

ところで、最近、英語の勉強に良い動画を発見したので、シェア。

『バイリンガール英会話』


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アメリカ育ちのチカちゃんによる、英語レッスン。
日常会話で使いやすいフレーズや、日米文化比較、日本人が苦手とする発音のレッスンなどなど、生活密着型の英会話が学べて、すごーく面白い&役に立つ!

私個人的には、この↓真実に驚愕。


「Girlの発音は、ガールじゃなくてグロ」


えええええ!!
知らんかった・・・。

言われてしっかり聞いてみると、確かに、グロ。
チカちゃん、すげー。

それ以来、「グログログロ」とつぶやく日々。
これでEarlも発音できるようになるかな。

BooファミリーにEarlという重要人物がいるのです。
その名をまったく発音できない私・・・。

練習の成果を確かめるため、ミッシャンに、「マミーなんて言ったか分かる?グロ(Girl)」と試してみたところ、「Grow?おっきくなるの?」と言われてしまった。

道のりは険しい。

その動画はこれ↓
『バイリンガール英会話【#225】カタカナ英語は出だしがダメ!Girl 発音☆!』

正直なところ、英語の発音はそれほど気にしなくても良い要素です。
特に日本語にはない発音だらけなので、習得しようってのがそもそも無理なんです。
だけどさ、英語圏に住んでて、カナダ人の旦那いて、その家族とは英語なわけだから、ちょっとでも円滑にコミュニケーションとりたいんですよ。

そして、何より、英語上手になりたい!!

向上心の塊な私。

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by myums | 2015-02-06 05:31 | 国際結婚とカナダ  

ミッシャン4歳になり、結婚10年目に突入

めでたくミッシャンが4歳になりました。
いまだ怒りっぽさはあるものの、賢く元気に面白く、自慢の娘に育っております。

何より、ママやパパに思いっきり甘えることに抵抗がないところが、私はとっても嬉しい。
甘えたり我がまま言ったりできるのは、愛されている自信(自己愛)が根底にあるからこそ。

そんな話をBooにしたところ、

「Myumsはよくそういう話をするけど、正直よく分からないんだよね。僕は愛されてるかどうかって迷ったことないからさ」

と言われました。

「それは、Booの両親が子供に愛情をタップリ注いでいたからでしょ」

「うん、そうだね。だから、うちらも、子供との時間をたくさん作って、くっついてれば、大丈夫だよ!No Worries!」

そうかも。
私は、ミッシャンに愛情がちゃんと伝わっているか、満たされているかを心配しすぎてるのかもしれない。
自分が両親からもらえなかったから、上手に伝える術がわからなくて、ついついみっしゃんの顔色を伺ってしまう。

本当は、「だいすき、ぎゅっぎゅ」って毎日してれば、それで愛情は伝わるのかも。
だって、こんなに愛してるんだもん。

シンプルでいいんだね。
これからどんどん複雑な悩みが生まれてくるんだから、今のうちにシンプルさを楽しんでおこう。
そして、これからも、シンプルに愛していこう。

Booの言葉のおかげで、心が軽くなりました。
ありがとう。
結婚10年目を迎えた今年。
ケンカしつつも、こうして支えあっていきたいです。
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by myums | 2015-01-23 06:03 | 国際結婚とカナダ