旦那の名はBoo。変なカナダ人。得意な日本語は「ヨッパラチャッタ~」。その妻、Myums。3年間の交際、5年間の結婚生活を経て、2011年1月に長女みっしゃんが誕生。Booも私もLovelyなみっしゃんにメロメロな日々です。


by myums
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ミッシャン、キンダーに入学し約1ヶ月がすぎました。

キンダーというのは、その年に6歳になる子どもたちが1年間通うところで、小学校と同じ敷地内にあります。
自立や親離れを主な目的とした小学校入学までの準備期間といったところでしょうか。

新しい環境に慣れるまでは夜泣きが復活したり、精神的に荒れたりするのかなぁと覚悟してたのですが、蓋を開けてみれば、なんてこともなく、毎日楽しく通っております。あまりに何事もないので拍子抜けするくらいです。
朝のバイバイでも一度も私を振り返ることなく、さっさと教室に入っていくやる気マンマンな我が子。
やたら自信もついてきたみたいで、「私、なんでもできるのよ!もうキンダーだからね!」的な態度もチラホラ。
どこに行っても誰に会っても、私にピッタリくっついて離れなかったあの子がねぇ。
逞しくなったもんだ。

私の方がローカルスクールのシステムが分からなくて、おろおろしてるかも。
大体、こっちの教育で育ってない私には、驚くことがいっぱいです。

その中でも、一番驚いたのが、ランチタイムの短さ。

なんと驚きの15分間。
カフェテリアに移動して座って食べる準備したら、実質10分程度しか食べる時間はありません。

さすがにキンダーの子どもたちはその時間内に食べきれないので、少し早めにランチの用意を始めて20分程度はかけているようですが、それでもお弁当を残してくることが多くなりました。

しかもランチタイムに先生が見ていることもないので、どこまで食べるかは子ども次第。

そして、学年があがればあがるほど、とにかく急いでかっこんで、一秒でも早く外で遊ぶぜ!となります。
あと、これはBooも言ってましたが、ランチいっぱい食べると、その後の外遊びで横っ腹痛くなるんですって。だから、ランチはほどほどでいいと。
北米のお弁当が、ピザとか、サンドイッチとか、さくっと食べれるものになっちゃう理由はここにあったか。

まあ、日本と違って、10時くらいにスナックタイムがあるので、ランチ時にそこまでお腹が空いていないということもあるみたいです。

というこで、お弁当箱を小さいものに変えてランチの量を減らすことで対応。
これで残してくることはなくなりました。
スナックにはフルーツか野菜を持って行ってるので、こちらも一口大にカットし、なるたけ腹持ちを良くするため歯ごたえのあるものを入れるようにしてます。

ミッシャンの学校はまだマシなほうで、12時25分までは校庭に出ないこと(それまではランチを食べなさいってこと)、スナックは野菜かフルーツのみ、といったルールが一応あります。
一応、ですけどね。
校庭でお菓子食べてる子も見かけますから、親次第ってところでしょう。

別にね、人んちの弁当がなんだろうとどうでもいいですけど、せめてもう少しランチに時間をかけてもらいたい。
そして、咀嚼の大切さを学校でも教えてあげて欲しい。
子どもに早食いさせるようなシステムは、おかしいよ。

そのくせ、野菜とフルーツを沢山食べて、肉や炭水化物は少し、ジュースじゃなくて水を飲もう!ってなキャンペーンなんかは学校でやってるんです。

でも早食いシステム・・・。

非常に矛盾を感じるカナダの食育事情です。


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# by myums | 2016-10-06 16:04 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)
お久しぶりです。
今日、ちょっと反省することがありました。

うちのテーブルの上には、ミッシャンがほぼ1人でコツコツと完成させたマインクラフトのレゴが置いてあります。
5歳のミッシャンにはかなりの大作で、本人も大切にしてるものです。

で、今日、男の子のお友達が急遽遊びにきてくれたのですが、、そのレゴを見たとたん、わあーっと盛り上がりました。そりゃそうだ。

そして、遊び始めました。

まあ、そこまでは良かったんですが、とちゅうで、その子がレゴの形をちょっと変えたりしたんです。まあ、しますよね、そりゃ。

したら、ミッシャン、切れました。

きーーーー!!!ぬふーーー!!

「どうしたの?なんで怒ってるの?」

と聞くと、「壊したの!」と泣きながらすごい剣幕で怒ってました。

決して壊したわけじゃないし、レゴなんだからまた作り直せば良いだけの話で、そんなに怒らなくてもいいでしょ。

と言い聞かせても、「やだ!ミッシャンが一生懸命作ったんだもん!!」と気持ちが治まらない様子。

その場は、男の子が「ごめんね」と謝ってくれ収まったのですが、帰る間際にまた同じ衝突がおきました。

衝突というか、ミッシャンが一方的に怒って泣いたって話しなんですが。
結局、ミッシャンはお友達にバイバイを言うことなく、すねたまま終わりました。チーン。

私としては、ミッシャンの短気と癇癪は心配の種。レゴはいくらでも作り直せるんだから、もっと気軽に受け止められる子になって欲しいなぁという気持ちで、ミッシャンを諭したのですが、後からよく考えてみたら、ちょっと違うような気がしてきました。

ミッシャンは基本的に、おもちゃのシェアができます。
お友達が自分のおもちゃで遊んでていても怒ったりしませんし、かなり寛容に譲ることもできます。

しかし、今回のように自分で作ったおもちゃを壊されたり、形を変えられたりすると、泣いて怒ります。

それだけ自分の作品に誇りを持っていて大切に思っているということ。

私は、作り直せばいいじゃんという言葉で、ミッシャンのその気持ちをないがしろにしてしまったんですね。

私にとってはたかがおもちゃですが、ミッシャンにとっては労力を注いだ作品。
その作品をお友達とシェアすることだけでも、ミッシャンにとってはかなりの我慢だったはずです。
なのに、さらにその作品の形を変えられてしまった。
彼女にとっては、自分の努力を一瞬で破壊されたように感じたのでしょう。

そんなミッシャンの気持ちを汲んであげることなく、私があらま欲しきと願う子供像を押し付けてしまったことに、反省です。

最初にミッシャンが怒ったときに、「これはミッシャンの大切な作品だから、片付けておこうね。別のおもちゃで一緒に遊ぼう」という対応をしてあげれば良かったかなあと思います。

子供にも譲れないものがある。
それを理解してあげて、尊重してあげること、忘れていました。

明日、大事なレゴをシェアできたミッシャンの優しさを褒め称えてあげようと思います。
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# by myums | 2016-08-07 16:43 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)

ミッシャン虫歯発生

ミッシャン虫歯発生。上下奥歯2本、計4本。
ミッシャンはアゴが小さいのに歯がでかい。乳歯がギュウギュウに詰まっているのです。せまいよー。
そして見事、歯と歯の隙間にできちゃいました。
特に下の歯は、なるはやで治療が必要な様子。

毎日歯磨きはしていましたが、フロスをさぼっていた・・・。
責任を感じます。

かかりつけ(と言っても通い始めたばっか)の歯医者さんに、小児歯科を紹介してもらい早速行ったみたところ、「あら、予約は今日じゃなくて1週間後よ」

いやいやいや、絶対今日だし。

電話口で予約日を書き留めて、確認もしてるから。
100%の自信を持って主張してみましたが、とにかく今日は予約でいっぱいなので、明日の早い時間にまた来てくれと言われ終了。

そして翌日。
かかりつけの歯医者から送られてきたレントゲンがよく見えないからと、再度レントゲン撮影。
その後、ドクターとのコンサルテーション。
かかりつけで聞かされた話と同じ話をまた聞かされる。

お会計$150。

たけぇーーーーー。


そして次回の予約。

2ヶ月先!!

下の虫歯については早期治療が必要とのことなのに、2ヶ月も待ってたらどんどん進行しちゃうよ。
結局かかりつけの歯医者に治療してもらうことにしました。

最初からそうしてれば良かった・・・。

時間もお金も無駄すぎる。

バンクーバーの医療技術が日本のそれより劣るとは思いません。
医療スタッフも、みんな一生懸命ですし、働き者だと思います。
分業医療システムも、専門性の高いスタッフに看てもらえるという点では良いと思います。

しかし!
ロジスティックスのスキルがあまりに低すぎる。

レントゲンが届いてないとか、見えないとか、予約取り間違いとか、料金の計算間違いとか、あまりに多すぎです。

先日も、ミッシャンの幼稚園の入園承諾メールを送っていたにも拘らず、念のために電話をしたら、「電話してくれて良かったわ。あなたからメールが届いてなかったから、辞退するのかと思ってた」って言われ、絶句。

「間違えちゃった、てへっ」で済むことならいいですが、医療や教育に関してはもっとしっかりしてくれー。
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# by myums | 2016-02-24 05:43 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)

日本滞在を終えて

今回の一時帰国、最後は父の怪我で大変なことになりましたが、友達や家族と多くの時間を共有することができて、全体的にはとっても楽しい滞在でした。

日本の冬は毎日晴れてるし、大きな公園がたくさんあるし、公共機関も発達してて、自販機もあるし、コンビニに行けばなんでも揃うし、東京ってほんとに便利。

でも、東京にいるとなんだか疲れる。
なんでだろう。人が多いから??
それも理由の1つだけど、それよりもっと私の心をぐったりさせるものがありました。
それは、消費欲。

東京にいると、消費欲をこれでもかこれでもかと刺激されるんです。

吉祥寺、渋谷、表参道といったショッピングシティーだけではなく、郊外にだっていたるところに自販機やコンビニや薬局や、商店街やらがあって、「私を買って~」とささやいてくる。

あの、POPってやつ。あれが曲者。
商品を手に取らずとも、その商品の良さがわかっちゃう。
ものすごく良さそうに見える。
必要なくても、なんとなく使ってみたくなっちゃう。

でも、もちろん無駄遣いはできませんし、したくありません。
なので、購買欲をグッとこらえる。
すると、そのこらえるのが小さなフラストレーションになる。

かといって、買えば買ったで、無駄遣いをしてしまったことに罪悪感・・・。

どっちをとってもストレス。

とにかく物質が溢れすぎてて、その渦の中で目移りしながら生きている感じがしました。
目移りしない強い自分であればいいんでしょうが、やっぱり見ると欲しい~。

都会にいると、シンプルに生きるのはとても難しい。

両親ともに東京生まれで都会育ちの私ですが、都会が合わない人間になってしまったようです。
思えば、大都会シンガポールも合わなかった。

バンクーバーは東京に比べたら不便だけど、その分、自分で工夫して生きられるし、無駄なお金も使わないでいられる。そういう生活の方が私には心地よい。
甘すぎない果物(日本の果物って激甘だよね?!)とか、森とか山とかビーチとか、ダサい格好の人々とか、人権保護や動物愛護の精神に富んでいる社会とか、そういうのがいい。
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# by myums | 2016-02-10 14:56 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)

父、入院

皆様、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

12月から日本に一時帰国しておりました。
本来なら1月初旬にカナダに帰る予定でしたが、まさに帰国日その日、みっしゃんと遊んでいた父がジャングルジムから落ち、腰椎圧迫骨折、救急車で病院に運ばれる事態に。

Booとみっしゃんはカナダに帰国。
私はフライトをキャンセルし、父の看護のため日本に残ることに。

圧迫骨折自体は、骨が固まりさえすれば治る怪我です。
入院したところで治療するわけでもなく、ひたすら骨が固まるのを待ち、歩行が可能になったらリハビリに励むくらいしかないため、普通は自宅療養となります。

という医師の言葉に、「父は独居で頼れる親戚等も近くにいないので、私1人での看護になるんですけど・・・」と答えると、先生、目剥きました。

「いやー、娘さん一人じゃ無理ですよ。トイレするのも物凄い大変ですよ」

私の脳裏には、父を背負いながら必死の形相でトイレを目指すも間に合わず最悪の事態に、という情景が浮かぶ。

無理だ・・・。

入院しかない。
ここの病院は圧迫骨折での入院を受け入れていないため、別の病院に救急車で搬送。
しかし、ここで困った問題が。
受け入れ先の病院、差額ベッドしか空いてない。

日額14,000円

たけえー!!ベッドたけえー!!

それにプラスして、食事代480円(1食)、日用品レンタル等の雑費、薬代等・・・。

1ヶ月も入院してたら、すごい額になっちゃう。
貯蓄だってほとんどないし、年金で細々くらしてるのに。

やばい。
なんとかしなくちゃ。

翌日、役所に相談に行きました。

「挫傷後、まだ間もないので、いつリハビリ開始できるかも、退院の目処も立ちませんよね。と、なると今すぐに介護保険の見切り発車というのはできないんです。
ひとまず、今日は介護認定の申請をしましょう。
介護保険の認定がおりるまでに、3週間から1ヶ月程度かかりますので、その間にお父様回復されるかもしれませんし」

がーーーん。
1ヶ月もかかるの・・・・。
そんなに入院させてるお金ないよ。
私だって、そんなに長くバンクーバーの家を空けられないし・・・。

どうしよう。

さらに追い詰められた気分で、とりあえず介護保険を申請し、その足で、高齢者支援センターということろへ。

そこでも、役所で聞かされたのと同じような話があり、その後、こんなアドバイスをもらいました。

「病院にソーシャルワーカーさんがいますから、その方に今の状況をすべてお話してみてください。必ず方向性を示してくれますから。差額ベッドでない病院を紹介してくれますよ」

おおお!そうなのか。

「今回、お父様の状況を知れて良かったです。これで私たちも、今後、お父様のことを気にかけることができますし。独居でいらっしゃる高齢の方を週に1回くらい訪問したりってこともやってるんですよ。ご家族の方も離れてらっしゃると心配ですよね」

という優しい言葉に、涙が溢れてしまいました。

次は、ソーシャルワーカーさんに相談です。
早速、病院で看護師さんにソーシャルワーカーさんをお願いしたところ、

「ソーシャルワーカーさんは病院全体で1人なんです。なので、ソーシャルワーカーさんの予定に合わせてアポを取るという形なので、1,2週間先になってしまうんですよ」

という残酷な言葉が返ってきました。

そ、そんなに長く差額ベッド払えないし、私、みっしゃんの元に帰りたいのに・・・・。

一旦は病室を後にした看護師さんでしたが、すぐに戻ってきて、「今、丁度ソーシャルワーカーさんがナースステーションにいたので、話してみたら、今から来てくれるそうです」と嬉しそうに教えてくれました。

やったー!!!ラッキー!!


「その状況でしたら、1日も早く差額ベッドではなく、かつリハ科のついた病院に転院し、自立生活が可能になるまで病院でリハビリを続けるという形が一番だと思います。その頃には介護認定もおりているでしょうから、退院後にはお安くヘルパーさんを頼めるでしょう」

そして、顔の利く病院に話をつけてくれて、その3日後、入院から10日後には無事転院することができました。

なんという素早い対応。

お先真っ暗だった状況に、一筋の光をもたらしてくれたソーシャルワーカーさん。
神です。


私がこれら手続きに奔走している間、父は腰の痛みに加え、左足にかなりの痛みが出ており、自立歩行はおろか、ベッド上でのリハビリも困難な状況でした。

そんな父の姿を見ていて、「筋力低下してこのまま歩けなくなってしまうんじゃないか」という不安にかられる私。どこまで励まし、どこまで優しくし、どこまで頑張らせればいいのか、その匙加減にも悩みました。

そして、お金の心配、退院後の心配、バンクーバーで私を待つBooと、みっしゃん対する心配。
みっしゃんとは毎日LINEで話していましたが、その度に、「マミーに会いたい・・・寂しい」と泣かれ、私も泣きました。
父のそばにいてあげたい気持ちと、ミッシャンの元に戻りたい気持ちで、心が引き千切られる思い。
体が二つあれば・・・とどんなに思ったか知れません。

日々の心労からか、アレルギー症状で鼻水ダーダー、くしゃみ連発、体はバキバキ。
日本円を無駄遣いするのもはばかれるので、マッサージも我慢我慢。

そして、ある日、爆発しました。

「おとうさん!私だってがんばってるんだから、お父さんも頑張ってよ!!ああ、とか、うんとかじゃなくて、ちゃんと大丈夫だって言ってよ!!そんなんなら私もう全部放り投げてカナダに帰るよ!!頼むよ、おとうさん!!もう私、折れちゃうよ」

ヒステリー状態になって泣き叫んだので、あまりよく覚えていないのですが、こんなようなことを叫んだと思います。

慌てて看護師さんが病室に入ってきて、私の背をなで、なだめてくれました。
「1人で抱えないでくださいね。私たち、話聞きますからね」

そう、私は1人で抱え込んでいたんです。
1人しかいないから。
周りに頼れる家族もいないから。


この爆発のあと、つき物が落ちたように、私は落ち着きました。

「お金と時間がかかってもいいから、自立できるまで病院でしっかりリハビリしてもらう。私がいるとお父さんも頑張りすぎちゃうのかもしれない。自分のペースで治すほうがいいのかもしれない。心配だけど、あとはお父さんを信じるしかない」

自分の焦りを父にぶつけてしまっていたことを、反省しました。

翌日、「お父さん、ごめんね。今回さ、貯金使い果たしてもいいから、自分のペースでゆっくり完治させてね」と謝りました。
父に泣かれました。
借金と自己破産で、家族にお金の苦労をかけっぱなしだった父。
ここへ来てまた私に苦労をかけていることに、父は父なりに胸を痛めていたのでしょう。
あんなことしなければ良かった、という後悔にさいなまれていたのかもしれません。


転院から2日後。
相変わらず左足は痛むものの、腰の痛みは大分落ち着き、顔色もよくなり、明らかに気持ちが前向きになっている父の姿に、私もひとまずホッとしました。

私のアレルギー症状も嘘のようにおさまりました。
転院先の主治医の先生も看護師さんも、とても熱心で頼れる存在です。

自治会へ顔を出し父のお見舞いを頼み、病院側にもくれぐれも宜しくと伝え、私は18日にカナダに帰国しました。


今回のことで、父と役所のつながりが持てたこと、介護認定の申請ができたこと、様々な仕組みを知れたこと、そして何より、人は1人で生きられないと実感することができました。
たくさんの人に支えられ、たくさんの優しさに触れ、感謝でいっぱいです。

父の自立を見届けられなかったのは残念でしたが、ここからは父を信じるしかありません。
これから辛いリハビリが待っています。
私にできることは、日々せっせとメールを送ること。
みっしゃんの写真を送ってあげること。
次の一時帰国の話をして、希望を持たせてあげること。

おとうさん、がんばれー!

今日はミッシャンの5回目の誕生日です。
ずっと我慢して私を待っていてくれたミッシャンと、日本で買ってきたWiiスポーツを解禁。
特別に2時間、一緒に楽しもうと思います。
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# by myums | 2016-01-21 05:44 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)

ゴミ問題からの義母グチ

義母の愚痴です。

前にもチラッと書きましたが、義母はリサイクルを一切いたしません。
先日も、「私、リサイクルはしないの、リラックスしてるのが好きだから」と胸を張って威張る始末でございます。

ああ、、、むり、、、
私、こういう開き直る人、ほんと無理です。

「それはリラックスじゃなくて、レイジー(怠け者)って言うんだよ!!!」

と怒鳴りつけてやりました。
妄想で・・・。ごめんなさい。度胸がありませんでした。

ご両親は猫3匹飼っていて、日々、缶ゴミ大量排出でございます。
缶て、リサイクル率90%以上で、何度でも生まれ変われる奇跡のマテリアル。
しかも、原料は限りある天然資源。
リサイクルすれば、省エネもできる。

リサイクルしないと埋め立てられて、ガスが発生して空気を汚染、土壌も汚染されて、間違いなく地球を破壊します。


「これから、普通ゴミの収集が2週に1回になるのよ。ゴミがあふれて困っちゃう」
という、とても60過ぎの大人とは思えないような発言をいただきましたので、
「私の方の市ではとっくに2週に1回になってるけど、ほとんどのゴミはリサイクルできるからそれほど困らない」といった感じでやんわりとリサイクルを提案してみましたところ、

「でも生ゴミと分別すると、虫がわきそう。とてもじゃないけど触れなーい。Ewwww」

お前はどんだけ姫なんだ、と。

ちなみに、この家庭では、布巾やタオルというものも使っておりません。
全部キッチンペーパー。
トイレで手拭くのもキッチンペーパー。
掃除もキッチンペーパー。
食器拭くのもキッチンペーパー。

すごい消費量です。

理由は、洗濯物が増えるから。

ここまでくると、もはや、Earth hater(環境破壊推進派)と呼ばせていただきたい。

こういう人に、「あんたが地球を破壊したせいで、ミッシャン以降の世代にしっぺ返しがくるんだよ」なんてことを説いても、意味はないのでしょう。こういう人は、残念ながら、先を見通す力や律する力から見放されており、今この瞬間の楽さを最優先させてしまうのです。

おばあちゃんとしては優しく、楽しい人ではあるのですが、人間としてまったく尊敬できないどころか、こういう人間にだけはなりたくないという見本である義母です。
(もちろんゴミ問題だけでなく、包括的な意味で)


みっしゃんはグランマ大好きなので、お泊りもさせるし、一緒に遊ぶ時間もとってますが、本音を言えば、「早く気づいてー、みっしゃーん、この人ダメ人間だよー」ってなところです。
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# by myums | 2015-11-25 04:09 | 国際結婚とカナダ | Comments(2)

専業主婦という選択

先日、FBで友達と「育休後に復帰するか、しばらく専業してみるか」てな話になって、私は、「仕事に戻れるときに戻っておいたほうが良いかも。タイミング逃すとズルズル専業になるよ、私のように・・・。子供はいつか巣立つから、そのときにママも仕事があったほうが安心」と言ったんですね。

そして友達から返ってきたコメントがこれ。

「迷うとこだけど、いずれ巣立つなら、それまでの限られた時間を可能な限りに一緒にいたかったりもする」


なーるほど!


限られた時間って言葉に、なんだかすごく納得しました。

私はミッシャン誕生後から専業主婦してますが、「もう可愛くてたまらない!ずっと一緒にいたい!」ってのは全然なくて、ミッシャンの癇癪に振り回され、ぐったりの日々。

生んだからには育てねば、という義務感が私を生かしておりました。
うちの子、可愛い~(顔が)と思う瞬間もありましたが、基本、苦行。

ところが!
4歳を機に、癇癪がパタッと収まったのです!

こうなりゃ、こっちのものです。
俄然子育てが楽しくなりました。
だって、可愛いんだも~ん。
今が蜜月とばかりに、LOVELOVEな私とミッシャンです。

何が言いたいかと言うと、つまり、癇癪も期間限定だったわけです。
その限られた時間を一緒に過ごしたおかげで、今のみっしゃんとの安定した関係がある。
辛かったけど、癇癪と正面から向き合ったことで、私も親として、また人間として成長できたし、ミッシャンからしても、持て余す激しい感情を受け止めてくれた母がいたおかげで、やっと満足して次のステージにいけたのかもしれません。

私がワーキングマザーであったら、ここまでミッシャンの癇癪を受け止める余裕は、時間的にも精神的にもなかったでしょう。
そして、ミッシャンの癇癪も未だに続いていたかもしれません。

あの時、仕事に復帰してれば・・・と思ったり、将来の自分に不安を感じていたりしたので、友達のこの言葉には開眼させられました。

私にとっては、専業主婦という選択は間違っていなかった。
親子関係の基礎固めをジックリすることができたから。
そして、今は、将来の自分のため、できることをコツコツやっておこう。

友達の存在ってほんとにありがたいな~。
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# by myums | 2015-11-18 15:40 | 国際結婚とカナダ | Comments(2)

厳しいぜ、ミッシャン

最近、朝勝手に起きて、勝手に自分のアレコレやってくれるようになったミッシャン。
それをいいことに、休みの日は寝入る母。
親がダメだと子供は自立するみたいです。

そして、明日、カナダは祝日でーす♪

「お弁当つくんなくていいから、ゆっくりできる~♪」

ルンルン気分の私に、みっしゃん一言。

「マミー、明日は8時におきてね」

えっ・・・。

段ボールでカフェを作るんだそうです。
朝一リビング集合です。
がんばります。
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# by myums | 2015-11-11 17:18 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)

Boo、素晴らしい教育法

Boo「みっしゃん、これはみっしゃんとダディーの秘密だよ!」
ミッシャン「うん!」
Boo「よし!じゃあ、後でマミーに教えてあげよう!」

マミー現る

ミッシャン「マミー、あのね、これこれこうでね、これは秘密なんだよ!」

という教育法をBooは取っているらしい。
なるほど、それでみっしゃんは私に秘密をばらしてくれるのか。
私にだけは何でも教えてくれるんだわ、と思い上がっていたけど、実はBooの効用だったのか!

家族の中で秘密を持たない、というか、家族にはなんでも話せる、という環境を作ってくれてんだなぁ。

みっしゃんの成長とともに秘密のレベルもアップして、家族間で共有するのが難しくなってくるとは思うんだけど、それはまたそのとき考えよう。
今は、家族の土台を築く時。
しっかりと基礎を固めておけば、今後みっしゃんが迷ったときの助けになるはず。

Boo、ありがとう。
こんな素敵なパートナーに出会えたことに、感謝。
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# by myums | 2015-11-10 03:18 | 国際結婚とカナダ | Comments(0)
物心ついた頃から、「強さ」に憧れていました。
逆境に立ち向かい、努力し、幸せを自分の力で手に入れる、そんな人間になりたい。

実際の自分は、逆境に目をつぶり、楽な道を選び、幸せを最初から諦めている、ダメで弱い人間でした。というか、そう思い込んでいました。

自殺するのも怖い、自立するのも面倒、学校行くのも面倒、でもビビリだから赤点とか怖くて、試験ではそこそこの点数を取る。プライドだけは高いから、一応大学も行っといた。

就職難で就職活動も面倒だし、面接で落とされたり、自分を否定されたりすることを想像したら、怖くて、結果、プーになった。

自分がダメ人間なのは嫌と言うほど分かっていたので、友人関係も表面的。
楽しくおしゃべりはできるけど、本当の自分をさらすことはできなかった。
深く付き合うことによって嫌われるのが怖かった。

なんで自分はこうなんだろうと悩み、もがき、苦しみながらも、そんなことで悩んでると周囲に思われなくないため、強い自分を演じる。
そしてまた、同じことで悶々と悩み、、、この繰り返し。


万年思春期、つまりインナーチャイルドであった私ですが、数年前にとある本に出会いました。
それが、『毒になる親』です。

自分の堕落した性質と育った環境との結び付けて考えることこそ、甘えであり言い分けであると考えていた私は、虐待関連の本は一切読まずにきました。
なのでこの本を手に取ったことは、魔が差したようなものでした。
そして、そのおかげで救われました。

まず、自分が両親にされたことは、虐待であったと受け入れることができました。
人生に価値が見出せず、自信がなく、無気力であることもまた、虐待に起因していると、認めることができました。
両親の庇護に頼る以外に生きる術のなかった幼い私から、人生の価値を奪い取り人格を貶めた両親にこそ、一切の責任があり、私がその責任を感じる必要はゼロであることも、受け入れることができました。

それは言い訳でも甘えでもない。
事実なのです。

そして、この本には、「死んだ毒親」に関する記述もありました。

「亡くなった人を悪く言うものじゃない」という風潮があります。
ましてや私の母は、四半世紀以上も前に闘病の末になくなっているので、とてもじゃないけど、まだトラウマ抱えてるなんてそぶりにも出せません。

自分自身も、死んだ親を許せない自分の器の小ささが大嫌いでした。

けれど、死ねば生前の罪はすべて許されるのでしょうか。
実の親に傷つけられ癒されることのなかった幼い心は、親が死ねば浄化されるものではありません。
解決する機会を永遠に失った心の傷は、一生膿み続けるのです。

親が死んだからと言って、無理に許す必要はない。
自然に許せる日がくれば、もちろんそれに越したことはないけれど、「許さなくてはいけない。なぜならそれが正しいことだから」という強迫観念からの許しならば、許さなくて良いのです。

この記述に、目からうろこでした。

まさに私は、「正しいことをしなくてはいけないから、許さなければいけない」という理論のもと、許したふりをして生きていました。

それこそが、私を苦しめていた元凶だったのです。

「許さなくていい」

この一言で、私の人生は変わりました。
自由になりました。
伸び伸びしました。
心がしゃんとしました。

許すことをやめただけで、こんなに楽になるとは、びっくりです。

最近になって、近しい親戚だけに、「私は許さないことにした」という話をしたところ、「でも、お母さんもね、貧乏で辛かったんだよ。生活苦の中、必死に働いて、だから、余裕がなかったのかもよ」と言われました。
それも分かります。
母だって生活のために必死だった。
だけど、母の私への虐待は、貧乏だけが原因ではない気がするのです。
私と母は相性が悪かった。
貧乏で余裕がないところに、やることなすこと気に触る娘がいて、むしゃくしゃしてどうにも収まらないから、娘を叩いちゃう。
というか、考える前に感情で手が出ちゃう。そういうヒステリックな人でした。

まあ、何が原因としても、親が子供を虐待してよいってことにはなりません。
それは許されることではありません。

だから、私は許しません。
生んでくれたことへの感謝もありません。
あの人が私へしたことは忘れません。
私を守ってくれなかった父のことも、忘れません。
私があの両親を選んでこの世に生まれたなんて、信じません。
私の自尊心をめちゃくちゃにした両親を、許しません。
だって、何十年かけても、どうやっても、許せなかったんですから。

そして、許さない決断をした自分を、許してあげます。
そう、私は、両親を許さない代わりに、自分を許したのです。

トラウマから完全に脱却したのかどうか、正直よく分かりません。
いずれ母のことを許せる日が来るのか、自分が死んでも許せないのか、それも分かりません。
とにかく、生まれて初めて、自分を許し、自信を取り戻すことができたのですから、今はそれで満足です。

心が自由っていいなーーー。
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# by myums | 2015-11-07 09:14 | 国際結婚とカナダ | Comments(2)